「その場では楽しめても、人生全般が楽しくない」
今はほぼ全員がスマホを持ち、手軽に好みの娯楽を楽しめる時代です。
ですが「その場では楽しめても、その時だけで、人生全般が楽しいとは思えない。単なる憂さ晴らしをしているだけのようで、何か虚しい」と感じているのなら、それは身体の神経系が「慢性的な警戒モード」を解けないからかもしれません。
それは、所謂毒親育ち、機能不全家族で育った人に多い現象です。
- 暴力や暴言がなかったとしても、家の中の雰囲氣が何か冷たく、重い。
- 感情を素直に表現できない。
- 無邪氣に暢気にしていられない。
こうしたことが、幼少期からの長い間「それが普通、当たり前」になってしまうと、「慢性的な警戒モード」に自分では氣づけなくなっても不思議ではありません。
「慢性的な警戒モード」とは、自律神経の内の、交感神経の「戦うか/逃げるか」であり、覚醒状態でもあります。
以下はほんの一例ですが、身体の神経系が「慢性的な警戒モード」になっていないかのチェックリストです。
- マッサージや整体に行くと、必ずと言って良いほど「背中や肩がこわばってますね」と言われる。
- マッサージ、整体、温泉などで一時的にリラックスしたようでも、すぐに元に戻る。
- 眠りが慢性的に浅い。
- 休みの日はぐったりして横になっていることが多い。一日休んでいても、疲れが取れない。
- 取り越し苦労や、終わったことでもクヨクヨし、反芻が止められない。
毒親育ちの子供が「自然の中での一人遊びばかり思い出す」理由
毒親育ちの子供が成人後
「毎晩家族で夕食を取っていたのに、ぼんやりとしか記憶に残っていない。家族旅行やレジャーなども『事実としての記憶』はあるが、色褪せていて、懐かしさを感じない」
「子供の頃、自然の中で一人遊びをしていた記憶ばかりが蘇る」
と語ることがあります。
これはポリヴェーガル理論で説明できます。腹側迷走神経は「安全・社会的関与システム」の中心です。腹側迷走神経/交感神経/背側迷走神経のどれが優位だったかが、記憶の質に関係しています。
| 状態 | 主な神経系 | 記憶の特徴 | 具体例(毒親育ちの子供の場合) |
| 安全 | 腹側迷走神経 +内側前頭前野 | ・コンテキスト豊か ・感情的に統合されやすい ・「懐かしい」「心地よい」記憶として残りやすい | 一人遊び、自然の中での時間 ⇒安全感があり、鮮明で温かい |
| 警戒 | 交感神経 | ・扁桃体中心の記憶(感情的、断片的) ・フラッシュバックしやすい | 家族団らんの時間 ⇒腹側迷走神経が活性化せず、色褪せた記憶として残る |
| 極度ストレス シャットダウン | 背側迷走神経 | ・解離傾向 ・記憶が欠落、ぼやける | 存在抹消の恐怖が強かった瞬間 ⇒記憶自体があいまいになる |
親と一緒にいる時間
無意識の警戒状態(交感神経優位、或いは軽い背側迷走神経優位)が続く
⇒「私はどう振舞えばいいか」「存在を否定されないか」と常時緊張状態
⇒「うっかりしたことは言わない」と警戒
⇒感情を素直に表現できない
⇒False Self(偽の自己)がTrue Self(真の自己)を覆い隠す
感情失認の慢性化
また、この感情を素直に表現できないと、無意識的に瞬時に感情を飲み込んでしまう⇒抑圧する癖がついていることも多いです。
その場合、抑圧された感情(特に怒り、悲しみ、寂しさなど)は無意識の奥底にくすぶり続け、けれども表面上は自分の感情がよくわからないという捻じれ、感情失認が生じやすいです。
感情失認は、アパシーのような感情麻痺だけでなく、「何だかわからないけれどイライラする。モヤモヤが消えない。氣持ちが焦る」などの慢性的な不定愁訴になることもあります。
この感情失認が慢性化すると、一時的に楽しいことをしても、すぐに「人生全般が楽しくない」状態に戻るのが自然です。
自然の中での一人遊び
親の監視、評価や期待の圧力、存在抹消の恐怖がない
⇒腹側迷走神経が活性化
⇒「ここは安全で、心地よく、そのままの自分でいられる」
⇒True Selfを生きられる
身体は「ここは安全ではない」と正直に記憶する
頭で「家族団らんの時間はあった」と記憶していても、身体は「親との時間は安全ではなかった」と正直に記憶している証拠なのです。
家族以外にも、例えば「かつての恋人との記憶が、事実として残っていても、懐かしい感情を伴わない」も全く同じです。その恋人と一緒にいても、「ここは安全ではない」「True Selfを生きられない」と身体が記憶しているのです。
腹側迷走神経が活性化⇒安全・安心・つながり・自然な喜び⇒楽しめる状態に
単に「楽しい(とされている)ことをする」だけでは、人生が真の意味で豊かにはならない理由が、ポリヴェーガル理論で説明できたかと思います。
まず日常において、腹側迷走神経を活性化させる
⇒「ここは安全」と身体が感じる
⇒懐かしい、心地よい記憶として残る
こうした順序になっています。
ところで、どの民族にも、皆で歌い、踊る文化が必ずあります。
また子供は音楽、図画工作、体育の時間を好みますが、単に座学のお勉強から解放されたいだけでなく、腹側迷走神経の「安全・安心・つながり・自分を表現すること」を欲しているからなのでしょう。
即ち、腹側迷走神経の活性化が、人間の人間らしさに不可欠であると、人は直観的に知っているのでしょう。
一般的なリラクゼーションと腹側迷走神経の活性化の違い
ここで一般的なリラクゼーションと腹側迷走神経の活性化の違いについて、抑えておきましょう。
一般的なリラクゼーション(アロマ、マッサージ、温泉など)は、交感神経の興奮を鎮静化し、一時的に落ち着かせる効果があります。
「頭を冷やしなさい!」という言い回しがあります。アイスノン枕を頭に当てるなども、文字通り「頭を冷やす」⇒交感神経の興奮を鎮静化させる効果があります。
腹側迷走神経が活性化された本物の安全は、「私はここにいて良い」「脅威はない」と、身体レベルで受け取っています。存在に関わるより根源的な深い安心です。
この状態になると、深く抑圧していた怒りや悲しみが、「もう安全だ」と意識に浮上し、処理できるようになります。
リラクゼーションは「一時的に緊張を緩めるだけ」
腹側迷走神経の活性化は「感情を安全に感じられる土台」
このような違いがあります。
腹側迷走神経の活性化のヒントは宗教家の生活環境に
具体的な腹側迷走神経の活性化の習慣については、ざっくり言うと宗教家の生活環境にそのヒントがあります。
- 広い境内、庭、天井が高く、開放的な建物
- 緑の多い環境。静かだが適度に音があり、全くの無音ではない
- 読経、詠唱、聖歌、マントラなど「リズムのある祈りを、他の仲間と共にしっかり声帯を振るわせて声に出す」
- 座禅、瞑想、沈黙の中の静かな祈り
- 托鉢や掃除など、規則正しく身体を適度に動かす
寺社仏閣に行くと、心が鎮まり、静かな安心感を感じられるのは、腹側迷走神経が活性化している証拠でしょう。寺社仏閣以外に、緑の多い公園や、河川敷などの解放感のある自然環境も良いと思います。
寺社仏閣や公園へ行く時間が取れない場合は、道を歩いている時にできるだけ木や草花の緑を目にするのも効果的です。
人間は進化的に自然環境を「安全な場所」と認識するようにできています。意識的に緑を見ることで、身体に「今は安全だ」という信号を送ることができます。
また緑を見ながら、神経細胞が集まっている胸やみぞおちに掌を当て、「来て良かったね」「氣持ちいいね」などと自分に声掛けをするのも、自己慈悲の一環となり、「安全・安心・つながり・自然な喜び」が更に活性化されます。
どんなことでも、習慣化は「やりやすいこと」そして「毎日続けられること」が何より大事です。皆さまがやりやすく、続けられるところから、是非取り組んでいただければと思います。
