はじめに:親からの被害の回復は認知(頭)・感情(心)・神経系(体)の三本柱で
親の支配という、幼少期からの長期にわたる被害の回復は、生き方そのものが変わることでもあります。
「これってどういうことなんだろう?ああでもない、こうでもない」と、思わずグルグル考えてしまうモヤモヤを、認知的不協和と言います。ネットの記事や、毒親本、もしくはAIからの答えで「ああ、そうだったのね」とその時はモヤモヤがスッキリする。しかし、それは頭のモヤモヤが一時的に晴れるだけで、人生全般が好転するわけではありません。
- 新たな知見を得て「ああ、そうだったのか」と整理される頭のプロセス
- 心の奥深くに抑圧していた、悲しみや怒りを大切に受け止め、解放する、感情のプロセス
- 乳幼児の頃から「ここは安全ではない」と神経系に刻み込まれた「警戒モード」を解く、身体のプロセス
この三本柱が揃って初めて、「これまでとは違う人生」を生きることができます。「頭ではわかっているのに、何故私は楽にならないのか」多くの人が抱えるであろう疑問は、心と体のプロセスが未完了なためかもしれません。
特に身体の神経系のプロセスが、最初にして最後の、回復の基盤そのものです。

認知の整理や、感情の解放は、一定期間の取り組みでかなり進められます。全てが完了しなくても、「大体は済んだかな」という実感を得られることもあります。
ですが、神経系のプロセスは、一生取り組み続ける、生涯の習慣と捉えて頂ければと思います。
以下に、回復のための7つのステップを整理しました。
①身体の「耐性の窓」を少しずつ広げる・腹側迷走神経の活性化
認知とは頭、つまり脳の機能ですが、人間の脳の完成は25歳~30歳頃と大変遅いです。そして人間は他の動物と違い、大変未熟な状態で誕生します。私たちが言葉を話し始め、自意識が芽生え始める3歳以前に、身体の神経系が「私のいる環境は安全か、安全でないか」を日々学習しています。この身体の神経系の学習が、私たちの人生の「鋳型」となっていると言っても過言ではありません。
生育環境が安全ではない、心安らげない、過酷なものであればあるほど、神経系が「戦うか/逃げるかの警戒モード」の交感神経優位になり、それにも疲れると、副交感神経の一つの背側迷走神経の「フリーズ、シャットダウン」に滑り落ちます。
機能不全家族、毒親育ちの子供の神経系は、成人後も慢性的に、交感神経と背側迷走神経を行ったり来たりしていることが多いのです。
副交感神経の内の「安全・安心・つながり・自然な喜び」の腹側迷走神経がホームベースになる、そして身体の「耐性の窓」を少しずつ広げる、この習慣が最初にして最後です。警戒モードになると、耐性の窓は狭くなります。無邪氣に無防備にしていられないので当然なのです。
- 腹側迷走神経:安全・安心・つながり・自然な喜び⇒耐性の窓を広げる
- 交感神経:逃げるか/戦うかの警戒モード⇒消耗が激しくなる
- 背側迷走神経:フリーズ、シャットダウン⇒交感神経の警戒モードに疲れ果てると滑り落ちる
そして耐性の窓が狭くなると、「周囲の世界が安全でないと、私は安全にならない」になってしまうので、取り越し苦労や、終わったことでもくよくよしてしまう、反芻が止められなくなりがちです。この反芻は、意志の力ではなく、耐性の窓を広げることによってしか止められません。
腹側迷走神経が活性化されると抑圧していた怒りが湧き上がることも腹側迷走神経が活性化され、身体の神経系が安全を感じ、怒りや辛さを「ヤダったね」の自己慈悲で包めるようになるーそれは癒しの基礎ではありますが、それだけで一件落着というわけ[…]
②日常の不快な感情を受け止める・抑圧から抑制へ
生育環境が過酷だった人ほど、自分の感情を素直に感じ、表現することを禁じられたり(「あんたはすぐめそめそする」「怒るんじゃないの!」等)、ミラーリングと言って親から「良かったね」「そんなにヤダったの」などとそのまま受け止めてもらえなかったでしょう。
感情を素直に感じ、受け止め、適切に表現するのがTrue Selfを生きる基本です。ですが、反射的に感情を抑圧(抑えつける)癖がついていると、「聞き分けの良い、手のかからないお利口さん」の大人にとっての「都合の良い子」になってしまったかもしれません。しかし、抑圧された感情は、消えてなくなることはありません。
次のステップの「親に対する怒りの外在化」に取り組む前に、まず日常の中で、「感情を恐れない自分」になるプロセスが基礎となります。
親への怒りを表現できるようになった人でも、他人の怒りや悲しみを受け止められないこともあります。それは実はまだ、感情を恐れている段階です。本人はそのつもりはなくても、他人の感情を受け止められないと、悲しいことに相手は拒絶されたと感じてしまいかねません。
ところで、抑圧は不快な感情を抑えつけ、なかったことにすることです。抑制は似て非なることで、不快な感情を感じ受け止めつつ、態度には出さない、或いは適切に表現する態度です。抑制は「不快な感情」と「それを適切に抑える」相反する二つの事柄を同時に抱える、葛藤耐性が必要とされます。
抑圧は自我が未熟な状態で反射的・無意識的に行いますが、抑制は自我が成熟した、意識的な態度です。
表に現れる態度に余り差はなくても、抑圧と抑制の違いを感じ取って行き、葛藤耐性を高める、感情受容が二つ目のステップです。
自尊感情は無条件のもの自尊感情(self-esteem)とは、「どんな自分でもOKだ」という充足感の伴った自己肯定感のことです。お金や能力や美貌や、学歴や社会的地位など目に見えやすい条件で自分を肯定していることも、世の中に[…]
③感情受容ができてから、親に対する怒りの外在化へ
親に対する怒りの外在化の意義とやり方は、以下の記事に詳述しましたので、ご参考にして下さい。
他人への怒りとは異なる親への怒りの根深さ親に対する怒りは、他人へのそれとは根本的に異なります。他人の場合は、余程のことでない限り、縁が切れれば時間の経過とともに忘れて行くでしょう。産みの親は世界にただ一人の父であり、母です[…]
これは②の日常での感情受容ができていないと、いきなりは難しいと思います。長年積もり積もった怒りを吐き出してこそ、多くの氣づきを得て、解放されて行きますが、これも順を追う必要があります。
④「自分に嘘をつかない」内面的誠実さ⇒「物事はどうあるべきか」の信念
親の身勝手な支配に屈さず、自分を成長させられたクライアント様は、何が決め手になったのでしょうか・・?様々な要因の中でも、「自分に嘘をつかない」内面的誠実さであっただろうと思います。
外面的誠実さは、殆どの日本人は持ち合わせているでしょう。約束を守る、頼まれた仕事はきちんとやり遂げるなどです。これは「それをしなければ自分が爪弾きにされる」打算が働きますし、他人からの叱責や注意などの介入が効きやすい領域です。
しかし、内面的誠実さは自分だけがわかるものです。そしてまた、寧ろ周囲との軋轢を生むことすらあります。「お前は親を蔑ろにするのか!親不孝者め!」
こうした脅しに屈しないためには、「他人からどう思われるか」に汲々としていては無理なのです。「自分を裏切ることは死ぬよりも辛い」内面的誠実さが、「物事はどうあるべきか」の信念になる。この信念の強さが、様々な困難を乗り越える原動力になっていきます。
但しこれは、外面的誠実さと違い、心理セラピストを含めた他人が「教え授ける」ことはできません。その人本人が内面的誠実さを生きているかどうかは、他人の介入が全く効かない領域なのです。
⑤罪悪感で操作されない自分に・強迫による動機を振り返る
人心操作の典型は、罪悪感で操作することです。罪悪感による操作とは「それをすると/しないと私が悪いような氣がする」です。
罪悪感で操作されないためにこそ、④の内面的誠実さ⇒「物事はどうあるべきか」の信念の強さが問われます。それと同時に、自分が強迫、つまり「恐れに駆り立てられていないか」を振り返ることも大切です。
「私が何とかしなくっちゃ!」の過剰責任感や、「私が我慢すれば丸く収まる」の自己犠牲は、いずれも強迫が動機です。親からの支配の罪深さの最たるものは、子供の心に「存在抹消の恐怖」を植え付けることです。この恐怖を振り払おうとする⇒強迫的な生き方になる、そしてこれを子供は中々意識出来ません。
自分自身の中で、この強迫が動機になっていないかを振り返り、一つずつ解除する、理不尽に感じても「それが私の人生に起きたことだ」と受け入れる態度が不可欠になります。
⑥許し難さは抱えつつ、親を変えようとはしない・両義性の耐性
子供の頃は、進化的な本能で「親は正しい」と思い込まなければ、その子自身が生きて行けません。ですから、親から被害を受けても、「悪いのは私だ」の自己否定になりやすいのは自然な成り行きです。
①~⑤までを経て、「道義的責任は親にあり、子供の私は悪くなかった」とそれまでの思い込みをひっくり返すことができるでしょう。
但し、これはプロセスの一つに過ぎません。②の感情受容と③の怒りの外在化が未完了だと、親への許し難さに押しつぶされそうになり、「許したつもりになりたくなる」、或いは「この毒親、私に謝罪して改心しろ!」を、頭では無駄とわかっていても、延々とやりたくなってしまいかねません。
「謝って改心して欲しい」その氣持ち自体を否定する必要はありません。「今はやはりその期待が残っている」段階にある、そのサインです。
その場合は、また①に戻って耐性の窓を広げる、腹側迷走神経の活性化を意識して取り組みます。見出しの通り「許し難さは抱えつつ、親を変えようとはしない」この両義性の耐性がつくことが、回復の一定の目安となるでしょう。
⑦新たな生存戦略を得て、True Selfと再びつながる
親との葛藤が他人とのそれとは比べ物にならないくらい苦しいのは、本能とアイデンティティに直結しているからです。人間の子供はかなり長い間、親の庇護がなければ生き延びられません。そして生き延びるためにこそ、生存戦略を日々学習し、獲得します。
ですが、主に成人後「このままの生存戦略では、自分が苦しくなる一方」と氣づき始める。しかし、生存戦略は本能と直結しているので簡単には変えられない。非常に激しい抵抗が起きます。この抵抗を頭、つまり認知の努力だけで何とかしようとしても、本能の強力な力には中々勝てません。毒親本を何冊読み漁ろうと、人生は変わらないのはこうした理由でもあるでしょう。
認知の整理は、回復の入り口にはなります。その後の心と体を伴った、その人固有の新しい生存戦略を得て、古い生存戦略が新しい生存戦略に、いつの間にか交代している。そして、親からの支配の陰で生き延びようとし続けた、True Selfに再びつながる、そのことに後から氣づく。「急がば回れ」の回復の道筋なのだと思います。
「自分を裏切ることは決してしない」内面的誠実さが決め手
このステップは個人差があり、同時並行になったり、行ったり来たりも勿論あります。
弊社の心理セラピー・セッションでは、まず1~2つのステップだけを取り組み、習慣化した後(目安は3~6ヶ月程度)、一旦セッションは休みつつ、クライアント様ご自身で習慣化を継続し、また時期を見て次のステップに取り組むといった、年単位の長期的なプランが望ましいと考えています。
それくらい、幼少期から受けた親からの影響を薄めていくのは、「自分の人生を必ず取り戻す」固い決意と粘り強さが要ります。
しかしこれは、「親は自分を裏切っても、自分は自分を決して裏切らない。自己欺瞞と偽善を潔しとしない」内面的誠実さがある人であれば、いつか必ず到達すると、私は信じています。

