感謝という境地

感謝という境地① 「何があっても感謝できる」境地になるために

「感謝の大切さ」は行為ではなく、境地

どんな分野であれ、第一線で活躍している人たちが必ず口にするのは「感謝の大切さ」です。

これは感謝という行為ではなく、境地のことでしょう。

自分に都合の良いことには感謝して、都合の悪いことには感謝しない、これは感謝という行為ではあっても、境地ではありません。

境地とは、自分の外側で起きることに、いちいち振り回されることではありません。

しかし誰だって、足を踏まれれば痛いし、裏切られれば辛いし、大切な存在を失えば悲しいものです。

感謝の境地に至っている人も、普通の生身の人間ですから、足を踏まれたら痛いです。「感謝が大事ですよ」とは、理不尽なことをされてもニコニコしていろ、ということでは決してありません。

では、単に自分にとってうれしいこと、都合の良いことに「ありがとう」と言うことと、辛い出来事にその時は心を痛めても、感謝の心を失わない境地とは、何が、どのように違うのでしょう?

感謝の境地に至るために、どのようなことが必要なのか、掘り下げて考えてみたいと思います。

「あなたはそのことをどう感じましたか?そしてそう感じたことを、どう感じましたか?」(バージニア・サティア)

バージニア・サティアは家族療法の第一人者であり、20世紀を代表する心理療法家の一人です。

サティアが最も大切にした質問が、この「あなたはそのことをどう感じましたか?そしてそう感じたことを、どう感じましたか?」です。
そして心にとってより重要なのは、二つ目の「そう感じたことを、どう感じたか」です。

人がしばしば陥るのは「こんなことで腹を立てた自分が情けない」「こんなに傷ついた思いは取り除きたい、災難だ」と、ネガティブな感情そのものを責めたり、排除しようとしたりすることです。

ネガティブな感情そのものは、自分の反応であって、「そう感じたのは自分」です。

「そう感じた自分」を排除しようとすることは、実は自己虐待になります。

心理セラピーの原則・反応と選択は自分だけのもの

サティアが重視したのは、どんな感情であっても、ジャッジせずに「興味を持つ」姿勢でした。

あたかも、愛情深い母親であれば、泣いている子供に、事情を聴きもせずいきなり「泣かないの!」と感情を抑えつけようとしたりせず、「どうしたの?何が嫌だったの?」とそのまま受け止めようとする態度です。

この「ジャッジをせずに興味を持つ」態度こそ、相手をそのまま尊重し、同じ目の高さに立って信頼する態度です。このことに、人は知らず知らずのうちに勇気づけられます。

そのことと、もしかすると子供が自分のわがままが通らなかったので泣いている、その態度を後で戒めるのは別です。

この愛情深い母親の態度を、自分自身に対してやっているか、ということです。

足を踏まれたことに感謝するのではなく、足を踏まれた痛みを大切に扱う

何があっても感謝の心を失わない人は、足を踏まれたことに感謝するのではなく(これはどう考えても「歪んだ」態度です)、足を踏まれた痛みを大切に扱っています。

不安や、悔しさや、憎しみでさえも大切に扱い、そしてそこから生きた学びを得ています。少なくとも得ようとし、無駄にはしていません。
この態度は、生きた学びを得られる自分を知っている、ということでもあります。

この矜持があればこそ、表面上は感情が波立つことがあっても、心の底では感謝の心を失わずにいられるのでしょう。

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自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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