「ツイてる/ツイていない」は被害者意識に・損得勘定から渾身の生き方へ

「ツイてる/ツイていない」の考え癖だと僻みっぽくなる

「ツイてる/ツイていない」が口癖、考え癖になっている人がまま存在します。このこと自体に悪意があるわけではありませんが、そうした考え癖の人は、結果的に僻みっぽくなり、被害者意識に陥りがちです。

「ツイてる/ツイていない」の背景には、自分の今の状態が外側の要因で左右されていて、思い通りに成らないのは外側のせいだ、という世界観があります。主に小学生の頃に勤勉性を身に着け、「自分はなんとかできる人間だ」という自己有能感が充分育っていないとそうなりがちです。

学校の勉強やスポーツだけでなく、家のお手伝いをできる範囲でさせて参画意識を養わないと、「私に良きにはからえ」のお客さんのまま、大人になってしまいます。家庭は社会の最小単位です。参画意識が当事者意識になり、自分を超えた存在、即ち他者への責任感、引いては愛になります。

このお客さん意識が、社会に対する関心の薄さや、「不平不満は言っても、自分からは指一本動かそうとしない」「誰かが何とかしてくれる、やるのは私ではない」という依存心になります。そしてそれに付け込んでくるのが、例えばコロナ騒動を巡るでたらめの「感染対策」であり、生物兵器以外の何物でもないワクチンです。

また「ツイてる/ツイていない」が考え癖になると、人との比較が始まります。「あいつの方が上手くやりやがって、オレは損をしている」こうした僻み根性が根底にあって、人間関係がうまくいくはずはありません。口には出さなかったとしても、態度の端々に現れるからです。

そして「ツイてる/ツイていない」の人が、「オレってツイていて、本当にありがたいなあ」とは思いません。「ありがたい」の感謝は、”Thank you.”の言葉通り、あなたに、相手に心を向ける態度であって、「ツイている」は「自分がツイている」即ち自分の都合、損得だけを考えています。

「あなたが不幸なのは○○のせいだ」を瞬時に跳ね返せるか

上記の通り「ツイてる/ツイていない」は、損得勘定から来ています。「これが本当に大事だ」と心から思ってやったことなら、報われなかったことに寂しさは感じても、「ツイていない」とは思いません。「報われるからする/しない」も、打算であり損得勘定です。これは取り組む前に「それをやって効果性があるか?」を検討した上でやらない、とは異なります。

損得勘定は、譬え自分が損をしてでもやるべきことをやるという態度にはなり得ず、結果自己保身になります。その人が決して悪人ではない、善意の人であっても。そして引いては「オレはツイてない」の被害者意識に陥ります。

被害者意識は悲劇のヒロインになりやすく、また悲劇のヒロインは自分では努力をしませんから内心楽で、その自分に酔っているかのようですが、人の世は複雑でただ楽ができるばかりではありません。

悪魔は天使の顔をしてやってくるんです。少数者や被害者を助けるふりをする。共産主義者のやり方はロシア革命以来同じ。甘言でささやくんです。「あなたが不幸なのは社会が悪いからだ。政府が悪いからだ。だからそれを打倒しませんか」と。

彼等のやり方は巧妙だが、それは我々が人間観を磨けば見抜けるんです。不満たらたらの人は見抜けないんですよ、残念ながら。

不満たらたらの人がいたら、まず自分を見つめ直してください。そんなに不満なんてないはずですよ。皆さん方は立派に毎日生活してるじゃないですか。

共産主義者は「あなたは不幸だ、不幸だ」と寄ってくるんですからね。「そうじゃない!私は立派に生きている」それを示せば悪魔は近づけないんです。

ひとりがたり 馬渕睦夫 #74 ウクライナ紛争のその後

即ち、被害者意識の悲劇のヒロインでいると、悪魔が近寄る隙を自分から与えてしまうのです。

「安寧の世は来ない。安寧は自分の心が作る」馬渕睦夫元ウクライナ大使

上記の馬渕睦夫元ウクライナ大使の言葉に、「そうは言っても、真剣にやればこそ思い通りにはならない現状に不満も出る」と反論される方も多いでしょう。向上心を失えば、悪い意味での満足になり、苦悩もない代わりに手ごたえもない、余暇はゲームや買い物や娯楽などの「気晴らし」をして人生が終わる、もしかすると今の大多数の日本人の生き方かもしれません。

何に対してどのように、悩んだり不満を感じているのか、そしてそれをごまかさず、真正面から取り組み、時に苦しんだり泣いたり怒ったり、そして最終的には自分の気づきにしているか、それが問われているのだと思います。

馬渕大使の言葉をさらに引用します。

私たち日本人にとって、仕事は神事なんですね。神様との出会いなんです。ですから私が常々、自分の仕事を全うする方は周りの世界が見えてくると申し上げてきました。

仕事は神事、神様との出会いであるという感覚のある人が、これから日本を目覚めさせていく、日本を守っていく、支えていくと信じております。そういう方が3割方いれば、日本は生き残ることができると確信しております。

仕事は神事、その根拠を示せと屁理屈を言う人は、もう落ちこぼれなんですね。そんな屁理屈を言う前に、自分の仕事を徹底してやってごらんなさい。そうすると何かに気づくんですね。その何かとは神々との出会いだと私は言っていますが、神と言う言葉が嫌いな人は、自分の良心との出会いなんです。

その時に皆さんは、心の安寧を得ることができるのです。

同上

神様との出会い、自分の良心との出会いとなるほどに、真剣に取り組んでいるか、と馬渕大使は問いかけておられます。真剣にやればこそ、その時々の困難、不安や不満、苦しさはあっても、自分の良心との出会いが結果的に安寧をもたらす、これは生き方であり、境地です。自分の損得勘定に囚われている内は、「仕事は神事」の域には決して達しません。

私の心理セラピーにおいても、クライアント様が「自分の良心との出会い」を果たせなければ、真のセラピーにはなりません。それが気づきということです。心理セラピーの成否は、クライアント様自身の良心や良識の在り方にもかかっています。これは他人がどうこうできることではありません。

馬渕大使はこの「ひとりがたり」の別の回で、視聴者からの質問に答え、いみじくも「安寧の世は来ない。安寧は自分の心が作る」と喝破されました。

そのことそのものが報酬となる生き方・渾身

真剣に取り組むとは、肩ひじ張って歯を食いしばることではありません。そのことそのものが、報酬となる在り方、生き方です。

この裸足の少年のジャンプのように、これが命の輝きそのもの。生きる喜び。彼はおそらく、人から褒められたいとか、オリンピックに出てちやほやされたいなど考えてはいないでしょう。そうしたことを考えていたら、この動画に私たちは心を揺さぶられることはないのです。

畢竟、父の教えたものは技ではなくて、これ渾身ということであった。

幸田文「こんなこと」

瓦礫だらけの環境であっても、このように命が輝く生き方はできます。

勿論、劣悪な環境を放置していて良いというわけではありません。人間はどうしても環境から影響を受けます。ですから環境を整えることは大人の重要な役割ですが、一方で「私が不幸なのは環境のせいだ」に陥っていては何もなりません。「ツイている/ツイていない」の生き方になってしまいます。

そして渾身の生き方をしない限り、自分の中の神に出会う、良心に出会うことはありません。どんなに多忙で、子育てや家事や、会議や提出書類に追われていても、頑張っているつもりであっても、魂は眠ったまま時間が経ってしまいます。それがいわゆる覚醒していない状態です。世間体や人の目を気にする、評価評判に振り回されている時、その人がどんなに善意の人であっても、自分の中の神には出会っていないのです。

「私は全身全霊をかけて、自分を被害者だと思われることに対抗しています」デニス・プラガー

人間は生まれから社会で育つ限り洗脳されて育つ。
でも、魂の成長度合いによりその社会が虚構であったと気づく。
社会に疑問を感ずるのは軸が育ったから。
自己の中の神(良心)が、社会が狂っていると叫ぶ。
社会から見れば反抗期。魂の観点から見れば大人になった。
相似的に親子関係に似ている。

アーロン大塚さんのツイート

この社会は生まれ育った家庭をも含みます。人は誰しも、いくつになっても、親から無条件に、混じりけのない愛情を浴びるように注がれていると信じておきたいのです。しかし成人後、そうではなかったことに気づく。それは世界が壊れるような痛みが伴います。他人から蔑ろにされたのとは次元が違う痛みです。その痛みを抱えつつ、押しつぶされずに生きるには、日々渾身の在り方を身に着けるほかないでしょう。

馬渕大使が仰った真の心の安寧です。

「社会が狂っている」という自分の心の叫びに耳を塞ぐ、その方が楽な生き方でしょう。マスクをして遊びまわっている方が、言われるがまま何の疑問も持たず抵抗もせず、ワクチンを打ってしまう方が楽なのです。しかし真の安寧は得られません。

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この章題に挙げたデニス・プラガーの言葉も、馬渕大使と同じことを言っています。こうした生き方が、自尊感情高く生きるということであり、悪魔が向こうから退散する唯一の在り方なのです。

ニコニコ動画

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自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。