お説教したくなる/お説教される段階とは・心の種蒔きの重要性

ついお説教したくなる、相手が「問題を問題視していない」時

どんな人でも、相手が「問題を問題視していない」時に、ついお説教したくなるものです。「あんたわかってるの!」「いい加減にしなさい!」「ちょっとは反省しろ!」・・しかしそれで相手が素直に改心すれば、誰も悩みはしません。「わかってるよ、もう!うるさいなあ・・」(「わかってないでしょ⁉」)

言っても変わらないけれど、では何も言わずに知らん顔して野放しにしてもいいのか、真面目な人ほど悩むものだと思います。

ところで、人が自発的に変化を起こすには、後述する6段階のステップを踏みます。人は中々変わらない、しかし良くも悪くも、全く変わらない人もまたいません。10年前の自分と全く同じだ、という人はいない筈です。

殊にその人にとって深い心の事柄で、しかも一過性ではない継続的なことであればあるほど、6段階のステップを踏んで、変化を起こすことが重要です。そしてそうした事柄であればあるほど、どのような動機付けをすればよいのかが更に大切になります。

すぐに変えてもらいたい行動は理由とメリットを添えて

相手に変わってもらいたいと願う時は、すぐに変えてもらいたいことと、じっくり考えてもらいたいことにまず大別します。重なり合っていることもあるでしょうが、こちらが頭の整理をしておかないと、「考えてもらうべきこと」なのに「すぐに変えてもらうべきこと」と同じアプローチをしてしまいかねません。

すぐに変えてもらうべきことは、具体的な行動レベルのことで、相手の価値観や信念には余り関係しないこと、じっくり考えてもらいたいことは、相手の生き方に関わるような深いレベルのことです。

《すぐに変えてもらいたい行動の例》

「今会議中(授業中)なので、廊下での私語は慎んでください」
「生地を傷めたくないから、脱いだ服は裏返して洗濯かごに入れてね」
「金銭授受の際は、お客様の目の前で必ず声に出して確認をしてください」

これらは「その場にいる人たちのニーズを満たす」ためのものです。ですから常識的な納得感があれば、比較的受け入れてもらいやすい事柄です。

ただ勿論、「何度言ってもその通りにしない」こともやはりあります。その場合は本当のところで相手が納得しきっていないので、「何故それが大事か」「それをしなかったら、どのような不都合が起きるか。或いはそれをすることのメリットは何か」を具体的に説明する必要があります。少しでも面倒で、「何故そうしなければならないのか」が腑落ちしないと、人は易きに付くものだからです。

例を挙げると、ある新婚家庭で、ご主人がトイレの便座を上げっぱなしにしているのが、奥さんにとってはどうしても気持ちが悪い、ということがあったそうです。ご主人は一人暮らしが長かったため、「トイレの便座が上げっぱなし」がもう当たり前の習慣になっていました。

ですので奥さんが「便座下げておいてね」と何度伝えても、ご主人の長年の習慣は中々変わらず、よくありがちな「言われた時だけそうする」が続きました。奥さんの「便座が上げっぱなしだと気持ちが悪い」感覚は、ご主人には中々通じなかったのでしょう。即ちご主人は「問題視していない」状態だったのです。

ある時奥さんが知恵を絞って、「今日からトイレを使ったら、蓋を閉めるのを我が家のルールにしよう。蓋を開けっぱなしだと、邪氣がトイレに充満して運氣が下がるらしいよ。円満な家庭や、お金持ちの家は、必ずトイレの蓋は下げてるそうよ」と提案すると、ご主人がメリットを理解し、「使ったらトイレの蓋を閉める」ようにしてくれたそうです。

もしかすると「自分だけに手間を取らせるのではなく、『二人のルール』にした」ことが公平感があって、受け入れてもらいやすかったのかもしれません。たかがトイレ、されどトイレですが、こんなことでも相手が納得しないと人は中々行動を変えようとはしません。

変化を起こす6段階のステップ

ところで、人が変化を起こすには、以下の6段階のステップを踏みます。6段階のステップとは、プロチャスカとデクレメンテが、依存症患者の症状克服に当たり、発見したものです。

①熟考以前:「問題を問題だと捉えていない時期」全く問題視していないこともあれば(「一体何がそんなに問題なの?いいじゃん、別に」)、「はい、わかりました(うるさいなあ。さっさとそのお説教終わらせてよ)」「わかってるんだけどね~。まあ、いいか」などと表面的には氣づいていても、本音では何もする氣がない。或いは愚痴や文句は散々言っても、誰かから自分が何かをするように示唆されると「だって、でも」で逃げる。つまりは「誰かが何とかしてくれる(はず、そうあるべき)。やるのは私ではない」と余裕がある時。もしくは「被害者である自分」に満足しているため、周囲が何を言っても変わらない時期。

②熟考:変化⇔現状維持の間で心が揺れる時期。「痩せたい、でも食べたい。運動は面倒くさい。でも痩せたい」「何とかしなくちゃ、でもどうしていいかわからない。自信がない」

③決意:本当に変わりたいと心を決める時。「四の五の言ってられない!やるしかない!」

④実行:問題解決のための課題に取り組む時期。ダイエットなら、食事制限や運動をし、体重を落とす時期。仕事や趣味、学業なら、新たな技術や知識の習得に取り組んでいる時期。精神的なことであれば、自分のものの見方、考え方を変えたり、広げたり、新たに付け加えたりする時期。

⑤維持:ダイエットであれば、新たに身に着けた食習慣や、運動の習慣を続け、目標体重を維持している段階。

⑥再循環(リサイクル):ダイエットであれば「1㎏増えちゃった!」時に、実行の段階でやったことを思い出し、取り組む時期。「1㎏増えっちゃった!ああ、やっぱり私はダメなんだ」にならないことが肝要。だからこそ、「実行の段階で、自分が時に試行錯誤しながら取り組み、自分の引き出しにした」経験値があると、その引き出しから自分で問題解決の方法を導き出し、リサイクルできる。

そしてどんな人でも、①の熟考以前が大変長いです。人は少々困ったことが起きようと、現状維持が楽だからです。自分と向き合うのは時として苦痛が伴い、地道な努力は面倒くさいのです。

そしてその時期にこそ、周囲はお説教をしたくなりますし、自分がお説教されるのも、結果として様々なトラブルが起きがちなのもこの時期です。自分が直接迷惑をこうむっていることなら、直接・間接に相手に伝えて「問題視してもらう」こともできます。しかしそれが例えば、社会全体のことだったりすると、目先の狭い世界にしか意識が向いていない人にとっては、全くの他人事になるでしょう。

心理セラピーにおいても、①の熟考以前にはセラピーは奏功しません。「だって、どうせ」の堂々巡りになりますので、早めに打ち切る決断をするのが私の仕事です。

②の熟考においても、変化≧現状維持の段階になっていないと、心理セラピーは始められません。この場合「この状態が2年、3年、5年、10年と続いたらどうなりますか?」と時間をかけて考えてもらい、「今日明日は問題なくても、将来的に困ったことになる」とご本人が問題視して初めて、変化を起こすスタートラインに立てます。

別の角度から言えば、億劫がらずに変化を起こせる人は、先々のことまで見通して、「今は良くても将来のことを考えたら、今の内から何かを始めた方が良い」と決意し、実行に移している人です。例えば健康管理のための運動を人から言われなくてもする、そういうケースをイメージするとわかりやすいでしょう。

目先の「ストレスがない方を選ぶ」ばかりをしていると、後々自分が火消しに追われたり、最悪の場合、火だるまになっているのにさえ氣づかず自滅してしまいます。

相手の心に種を蒔く

心理セラピーは熟考以前には奏功しませんが、日常生活で関わる人に何もできないわけでもありません。それは相手の心に種を蒔くことです。

相手が大切だからこそ、見るに見かねて「それはどうか」と思う。情が深い人ほどそうした葛藤が起きるでしょう。相手の人生の大きな選択に関わることは、「相手にじっくり考えてもらう」ことになります。

上記の「すぐに変えてもらいたい行動」よりもずっと深いレベルの事柄になればなるほど、種蒔きが大切になっていきます。意図している、していないに関わらず、私たちは種を蒔いたり、またいつの間にか種を蒔かれてもいます。そして蒔かれた種が芽が吹いて、それまでとは何かが違った人生が始まります。

心の種蒔きには様々な種類がありますが、今回は「自分の意見を率直に述べて、考えてもらう」方法と、たとえ話を使う方法について説明します。

自分の意見を率直に述べてから「どう思う?」

意図的な種蒔きの場合、「芽を吹かせるのは相手の領域」の心構え、最後は相手にゆだねる姿勢がまず大切です。これも言うは易しの最たるもので、自分自身の葛藤耐性が問われます。

槇村さとるの「おいしい関係」の登場人物の加奈子は、心を病んだ母親を施設に預けていました。母親の病状は好転せず、度重なる狂言自殺に加奈子自身も疲弊していきます。施設の佐野医師は、加奈子に「負担になるなら母親を捨てろ」と進言し、加奈子は「そんなことはできない」と反発します。

「『関係』って二人の人間の間のことだよね。加奈子さんも甘えさせているんだよ。加奈子さんも生きるためにお母さんを利用しているんだよ。『お母さんのため』って励みにしたり、言い訳にしたり」
「・・私が・・利用してる?」
「・・どう思う?」

槇村さとる「おいしい関係」

佐野医師は自分の考えを正直に、率直に述べた後、「どう思う?」と相手の判断に委ねました。こうした相手にとって耳の痛い話を率直に述べるのは勇氣が要ります。佐野医師自身が常日頃、自分をごまかさず、いい人ぶらないからこそ取れた態度であり、また加奈子との間に信頼関係があって初めてできる話でもあったでしょう。

この場面で最も必要とされるのは、加奈子が自分の本音に正直に向き合うことです。母親を捨てる、捨てないは、その結果に過ぎません。佐野医師が加奈子に求めていたのはこのことだったと思います。

例えばこれが、お子さんに勉強してほしい、友達を大事にしてほしいといった、道義的な生き方に関わることであれば、自分がそれを生きているかが問われます。それを生きていない人に対して、「あんたに言われたくない」と人はあっさりと見抜きます。

そして「どう思う?」と問いかけて、時間をかけて考えてもらう。すぐに「模範解答」をこちらが求めない態度、これも大変地味ながら意識的な努力と、何より意義が腑落ちしていることが重要です。

たとえ話の効用

何故それが大事なのかの意義目的を伝える場合には、たとえ話が効果的です。人の脳はイメージができるストーリーを好みます。TVドラマや、映画、舞台、小説をいつの時代も人が好むのも、人は「ストーリー」が好きだからです。

小さな子供たちに「お友達と仲良くしましょう。お友達を大事にしましょう」とだけ言ってもピンときません。ですから、人は童話や昔話に託して伝えています。

大人も実は同じです。

上述のトイレの便座の話や、「おいしい関係」からの引用も、種明かしをすればそれをやっています。意識してアンテナを立てて、たとえ話のストックをしておき、いざと言う時に「聞いた話なんだけど・・」「こんなことがあってね・・」と切り出すと、相手はいかにもお説教されているようには受け取らず、心に種を蒔くことができます。

人は影響しあっている、良くも悪くも

人は中々変わらない、でも全く変わらない人はいません。そして良くも悪くも、私たちは影響しあっています。ある会社に長年勤めていると、いつの間にかその社風に染まっていきますし、ある土地に住めば、その土地柄にやはり影響を受けていきます。

そして意図的に「種を蒔こうとして」蒔いた訳ではなく、いつの間にか蒔かれていることもたくさんあります。寧ろ、「いつの間にか」の方が多いでしょう。

私がこのジョン・レノンの「世界は狂人によって支配されている」を知ったのは10年近く前だったと思います。当時は何のことだか全くわかりませんでした。ですが、レノンがただの妄言を言っているようには思えず、巷間流布されているように一人の熱狂的なファンによって殺されたとも信じていなかったので、ずっと心の奥底に残っていました。

ただそれを積極的に調べて解明しようとするまでには至らず、このコロナ騒ぎがあってようやく、レノンが言っていたことは本当だったとわかりました。

深い事柄ほど、種を蒔かれてもそれが芽を吹くまで、その人にとってのタイミングを待たなければならないものかもしれません。

そして心の深いところに種を蒔くためには、種を蒔く側の生き方が問われます。この動画でレノンは淡々と語ってはいるものの、彼の全人生を賭けた命がけの言葉だったでしょう。そしてその態度は、「その時だけ」取れるものではありません。

「その大事さがわからない」相手には引き下がることも

繰り返しになりますが、他人は種蒔きはできても、その種を適切なタイミングで芽を吹かせ、育てるのは相手の仕事であり、領域です。レノンの動画を世の中の全ての人に見せたところで、受け取れない、通り過ぎてしまう人も少なくないでしょう。カチカチに干からびた土には種は入って行かず、雨風に流されてしまうのと同じです。逆から言えば、誰かから種を蒔いてもらった時に、大事に受け取り流してしまわないために、知性や感性、精神性を高め、自分の土を柔らかく耕し肥やしておくのも自分にしかできません。

ですから、どんなに伝えようとしても、あの手この手で種を蒔こうとしても、「その大事さがわからない」人には、カチカチの土で種が流れてしまう人には、どこかの時点で引き下がらざるを得ません。人は仲間を失うのが辛く、本能が抵抗します。その相手が肉親や、配偶者、恋人であれば尚のことです。

その際、あっさりとは割り切れず、葛藤は必ず起きます。葛藤が起きない相手なら、そもそも最初から伝えようとすらしません。相手に対する失望や、時には怒りや恨みは、もしかすると生涯抱えるかもしれません。それが聖人君子ではない、普通の人の「自尊感情高く生きる」生き方の一つの側面であると私は信じています。

無料ステップメール「自分を大切にする7日間のレッスン」

自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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生きづらい貴方へ

自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。