「すごい私」でいたい間は神技は成せない・先駆者は常に捨て石

事を成す人は一見平凡

「エースをねらえ!」(山本鈴美香著)は、1970年代に「週刊マーガレット」に連載された女子テニス漫画の金字塔です。アニメやテレビドラマで知った方も多いでしょう。主人公の岡ひろみだけでなく、宗方コーチやお蝶夫人、藤堂さんなど、印象深い登場人物が数多く登場します。

ところで、私がまだ二十代の頃、ある人が
「『エースをねらえ!』って、お蝶夫人や藤堂さんやら、全然高校生らしくないなあ。岡ひろみと友達の牧だけやん、高校生らしいの」
と言いました。
私も華やかな脇役に比べ、主人公の岡が平凡な少女に見えることがずっと気になっていました。
事を成す人は「そうしたものだ」ということが、わかって来たのはずっと後のことです。

「名将は名将を知る」

真に自尊感情高く生きている人は、あまり目立ちません。というよりも、自ら目立とうとは決してしない、と言った方が正確でしょう。職業や立場上、目立つ人はいます。しかしそれはかりそめの役割に過ぎないことが、充分腑に落ちています。

私が直に接した、ある著名な芸能人は、ステージ上ではものすごい迫力で圧倒されましたが、その後のお客さんとの写真撮影の際は、とても気さくな自然体でした。「町ですれ違っても気づかないかもしれないな」と思ったものでした。
「ほれぼれとするような、すごい自分でなければ認めたくない。すごい自分だと思っておきたい」のナルシシズムを脱しているので、空威張りして目立とうとしたり、ちやほやされる必要を今更感じていないのでしょう。

ナルシシズムとは、今の自分の限界を認められない状態です。「良くも悪くも、今の自分はそんなもの」と思いたくないと、「コツコツとした地道で泥臭い努力を嫌う」「『だって』『どうせ』の責任転嫁をして逃げる」「『0か100か』で考え、結局『何もしない』を選ぶ」を引き起こしてしまいがちです。ナルシシズムは自尊感情を下げる根本原因と言っていいでしょう。

ただ、自ら目立とうとはしなくても、優れた人は「名将は名将を知る」のことわざ通り、やはり見る目のある人にはわかってしまう、そうした存在でもあります。

岡がまだ無名の高校生プレーヤーだった頃、当時のテニス王国だったオーストラリアに、宗方コーチや他の仲間とともに遠征合宿に行きます。
その際、滞在先のレイノルズ家にたまたま遊びに来ていた、世界ランカーのジャッキー・ビントに、一目で岡の素質を見抜かれました。その時ジャッキーは、岡の業績はもちろん、名前すら知らなかったのに。そして後にジャッキーは、自分のダブルスのペアに岡を指名します。

ジャッキーの妹ジョージィは、ジャッキーとペアを組むことを長年望んでいたので、非常に悔しがります。しかし、ジャッキーが自分ではなく何故岡を選んだのか、彼女にはわかりませんでした。

このわからなかったことそのものが、ジョージィが選ばれなかった理由でしょう。

「すごい私」を証明したい間は

また、レイノルズ家の長男のエディは、岡の滞豪中、毎日練習相手をします。
そしてジャッキーがダブルスのペアに岡を指名したこと、そして長く庭球界から遠ざかっていた父が、岡のコーチを引き受けたことに驚きを隠せませんでした。

岡たちの帰国後、訪日したエディが岡と練習試合をした時、彼は岡の非凡さにようやく気づきます。

話には聞いている

いくらたくみに球を打っても限界があると
人間技はしょせん人間に破られるものだと

それよりも
球は一球一球生きている
必ず飛びたいコースを持っている

その球の心を読んで
その通りにラケット面を作ってやった時

球は決して人間技では
返せぬ死角をついて飛ぶのだと

その神技をこの少女がやってのける
自分でも気づかずに!

ジャッキーは
父は
それを見抜いたのだ
(宗方)コーチはそこに賭けたのだ!

奇蹟だ これは・・・!

達人はテニスに限らずどんな分野でも、「球の心を読んでその通りにラケット面を作る」、ただこれだけをやっています。

「『すごい私』を周囲に証明し、ちやほやされたい」「(何か思う通りにできないと)だから私はすごくない。すごくない私はダメ」をやっている間は、仮にどんな努力をしたとしても、決して到達できない境地でしょう。その間、自分がすごいかすごくないかに意識がとらわれ、球の心、すなわち今目の前にいる相手の心を無視してしまうからです。

もっと言えば、世界には自分しかいない、他人は「あの人より私は優れているか劣っているか」の物差し、あるいはちやほや要員、かまってもらう/かまわせてもらう対象、都合の良い手足としてしか存在していない状態です。
この状態では、何をやっても良い結果は生みません。

そしてまたこの「球の心を読む」は、必ずしも相手の望みをそのままかなえることとは限りません。これはただの迎合です。

捨て石になれてこその先駆者

ジャッキーが岡をダブルスのペアに指名した時、それに動揺し嘆いたのは妹のジャッキーだけではありませんでした。
岡の一年先輩の竜崎麗香・お蝶夫人も、実は心ひそかに岡とダブルスを組みたがっていました。お蝶夫人は当時大学生だったので、岡が高校を卒業し、大学生になる日を心待ちにしていたのです。

お蝶夫人は苦しい胸の内を、自分の父親であり、庭球協会理事の竜崎氏だけに打ち明けます。

「くるべきものがきましたわ
予感があったのですわ もうずっと前から
なのに・・・いざとなると動揺します・・・

わかっていました
ひろみはお蘭(緑川蘭子 宗方コーチの異母妹でお蝶夫人と並ぶ超高校級のプレーヤー)やあたしとは違うのだと

ただテニスが好きで 恵まれた環境の中で
たまたま名を得た者とは違うのだと!

宗方コーチの目にとまった時から
あの血を吐くような特訓が始まった時から
少しずつ確実に違ってきてしまったのだと!

ああ  お父様 あたくしはテニスを愛しています!
けれど それとこれとは・・・!!」

竜崎理事はお蝶夫人にこう諭します。

「なぜ岡君のことで動揺するのだね
あの岡という選手を生んだのは一体誰かね?

宗方君が育ての親なら
産みの親は 麗香 お前だよ

お前に魅かれて岡君がテニスを始め
それが宗方という有能なコーチの目にとまり

その岡君のプレイに魅かれて また多くの後輩が続く
すばらしいと思わないかね!」

その後お蝶夫人は、ジャッキーと岡のダブルスの成功のために、陰ながら尽力します。自分はテニス界における岡の母なのだと、自己認識が変わったためです。

竜崎理事はまた、「先駆者は常に捨て石だよ」とお蝶夫人に告げていました。

竜崎理事が「自分の娘が岡とダブルスを組んで、周囲から『わあ、すごいですね』と言われたい」と爪の先ほどでも考えていたら、自ら進んで捨て石になることはできません。そして自分の栄誉のためでなく、テニス界の発展のために尽力することそのものが、喜びであり誇りであると思えていなければ。

自ら捨て石になるとは、自分ではなく相手が「人間技では決して返せぬ死角をついて飛ぶ」そのラケット面を作ることです。

お蝶夫人が、「岡とダブルスを組みたい」という夢が打ち砕かれてもなお、「人間技では決して返せぬ死角をついて」より高い境地へ飛ぶ、それは誰にも気づかれないことでした。

その境地へ飛ぶ人は、すでに他人からの評価評判に左右されません。そうしたことは意識にすら上ってはいないのです。

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