百忍通意・ひたすら忍べば意は必ず通じる・固め続ける覚悟

語られなかった桂の現役引退の理由

宗方の死後、岡のコーチとなる桂大悟は、宗方と違い健康体でした。自分が打った一球のために、宗方が再起不能になったとは言え、宗方と共に現役を引退したことに、周囲は動揺しました。

宗方は自分の死後、岡のコーチを引き継いでほしいと桂に頼みましたが、勿論すぐに現役を引退することを要求したわけではありませんでした。

岡もまた、「桂コーチはプレイしたくないのだろうか?本当なら 今世界を股にかけて活躍しているはずの人が 何故わたしのコーチなどになっているのだろう?」といぶかしみます。

そしてそのはっきりした理由を、桂自身が語ることはありませんでした。

自分のことを語らない慎み

桂は多くのすぐれた人と同じように、自分のことをほとんど語りません。宗方との約束についても、お蝶夫人や藤堂に、必要最低限話すだけでした。

慎みとは、力のない人には取れない態度です。だからこそ、本当に力のある人は悪目立ちすることがありません。

そしてその態度は、岡にも受け継がれていきます。

ある時、エディ・レイノルズ(オーストラリア人のテニスプレーヤー。岡のコーチであるレイノルズ氏の息子。妹のアンジーは岡のライバル)が、父から預かったデータを岡に渡すために来日します。

「なんでパパ わざわざ僕をよこしたのかな ひろみにデータ渡すだけだったら航空便ですむのになあ

まさか これは・・・パパのかけたナゾだろうか?ひろみと打ち合って ひろみの調子を調べて アンジーに教えていいというんだろうか?」

それまで無名のゆえに成績を上げられた岡にも、他のスポーツと同じく、今度は周囲から研究され、徹底的にたたかれる時は必ず来ます。そしてこの試練を乗り越えられなければ、強大な世界と戦うことはできません。いつまでも、無名ゆえの幸運に甘んじられないのです。

エディは、自分自身も今味わっているこの試練を、岡にも与えようとしました。

エディは桂に「ちょっとひろみとやらせてもらえませんか?」と声をかけ、桂はあっさりと「いいよ その前に神谷(岡の後輩の男子)の方とやったらどうだい?」と答えます。

「僕には体ならしをさせ ひろみには一息つかせ ベストでやらせようとしている!
パパとこのコーチは同じことを考えている!
あぶなかった!あやうく何にもしないで帰っちまって パパに笑われるとこだった!

君の笑顔 君のプレイ とても好きだよ ひろみ
しかし いったんコートに入ったら 打ち砕かねばならない敵だ!」

エディと岡の試合の様子を見ていたお蝶夫人は、桂が岡に要求していた試練と、そしてこの試練こそがテニスの王道であることを悟り、桂が断酒を解かないわけを理解しました。

そして岡もまた、エディの意図を理解します。

「エディはわたしを試して行ったんじゃないだろうか!?
サーブもボレーもスマッシュも コントロールもコンディションも洗いざらい見られた!
それをデータにされたら・・・!?

いや・・わたしだってレイノルズコーチから完璧なデータをもらってるんだ!
これで五分と五分だ!!」

岡も、桂やお蝶夫人も、この真意を皆わかっていながら、誰一人口に出しませんでした。岡は自分だけが他の選手のデータを得て、自分は知られずにすむことを、潔しとはしなかったのです。

百人通意・ひたすら忍べば意は必ず通じる

その後岡は桂から、打点を変える特訓を受けます。打点を変えるというのは大変高度な技で、当時のトッププレイヤーでさえ、できる人はめったにいなかったそうです。そして見事、国際トーナメントで初優勝を果たしました。

岡の恋人であり、自らも将来を嘱望されているプレーヤーである藤堂は、そのことに深く心を揺さぶられていました。

宗方を失い、誰もが再起を危ぶんだ岡を、桂は励まし、コートに戻し、特訓し、「とうとうあの公式試合で打点を変えるプレイを成功させ 優勝カップを取らせたんだ いったいどういうことだと思う!?」と親友の尾崎に問いかけます。

尾崎は「桂コーチにぶつかって 手ごたえを得て 自分もコーチになりたいんじゃないのか?」と藤堂の気持ちを受け止めました。

そして藤堂は桂の寺へ、差し向かいで話を聞きに行きました。桂も宗方も、岡が宗方の死によって受ける衝撃も、そしてどん底から這い上がることでけた違いの成長を遂げることも、すべて織り込みずみでした。口で言うのは簡単ですが、まかり間違えば岡の一生を台無しにする大きな賭けです。

「どうすればそんなことができる!まさに奇跡ではないか!いったい桂コーチはどんな風に考えて・・」と自問する藤堂の目に、ふすまに書かれた「百忍通意」の文字が飛び込んでいます。

「百忍ーひたすら忍べば 通意ー意は必ず通じる

これは・・・以前から書かれてあったのに気がつかなかった!
これが桂コーチの行だったんだ!

・・・この字をにらんで あらゆる困難に立ち向かい 決して逃げず 断じてくじけず なにもかも腹におさめて

焦り 不安 迷い 気の狂いそうな重圧を 揺れ動く心を
一切を忍の一字で耐え抜き そして あの素晴らしい成果をあげたんだ!

ああ ばかだった!
なにか踏み込めないもどかしさを感じていたのは おれが未熟だったからだ!」

忍耐は不安の耐性を高めるためにこそ

覚悟が大事、決意が大事と言われます。弊社の心理セラピーであっても、クライアント様の決意がほぼすべて、と言っても過言ではありません。

そしてまた、どのようなプロセスを経て、クライアント様がご自身の自尊感情を高め、問題解決に向かうのか、あるいは、「だって、どうせ」のもっともらしい言い訳に終始して、それ以上先には行かないのかは、私にも最初から答えがあるわけではありません。

覚悟や決意は一度すればいいというものではありません。「焦り 不安 迷い 気の狂いそうな重圧を 揺れ動く心を 一切を忍の一字で耐え抜く」ことで、何度でも繰り返し固めなおすものでしょう。覚悟を固めなおすためにこそ、誰もがあらかじめ望みはしない、不安や重圧がやってくるのだと思います。それを乗り越える忍耐力が、また覚悟を強めていきます。

そしてこれは、事の大小を問わず、常日頃から養い続ける態度です。エディが自分の状態をデータにしたことを、岡が黙って受け入れ、一歩ずつ不安の耐性を高めたように。

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この記事を書いているのは、2020年3月で、新型コロナウイルスのために、日本中、世界中が騒動になっている時です。

デマのためにトイレットペーパーの買占めが起きましたが、これにも買い占める人・買い占めない人の不安の耐性の有無が現れています。常日頃から不安の耐性を高めておかないと、「なければないで、何とか工夫する」頭の体操をしようとせず、また「今すぐ必要な人にまず譲る」思いやりの心も持てません。

買い占める人が特別に心が冷たいと言うよりも、不安の耐性を高める常日頃の訓練が不十分なために、「もしなくなったらどうしよう」の不安に自分が屈してしまったのかもしれません。逆から言えば、どんな人も訓練次第で、「今すぐ必要な人にまず譲る」思いやりは持てるのです。

覚悟とはてこの支点

てこの原理とは、弱い力で重い物体を動かす原理のことです。様々な困難を乗り越えるのことも、てこの原理を効かすか、効かさないかです。

てこの柄はプロセスと努力、支点は覚悟に置き換えられます。どんなに忙しく頑張っているつもりでも、「自分は責任を負いたくない」「誰かや何かのせいにしておきたい」「誰かに何とかしてほしい」間は、支点は小さく弱いままです。小さな紙の箱を支点にしているようなものでしょう。

桂がしつづけた忍によって、支点を鋼鉄のように強く、そして大きくすること。持ち上げたい物体(目標)が大きければ大きいほど、頑丈な支点がなければ、どんなに長く丈夫な柄があっても持ち上げることはできません。

お勉強”だけ”できたところで、社会では通用しないのは、このてこの原理が効かないからと言えるでしょう。皮肉なことに、お勉強をすると何か自分は良いことをし、賢くなったような気分になってしまうため、「責任が伴う実践から、責任が伴わない『お勉強』へ逃げ込む」ことはよく起きています。実践が伴わない知識だけのお勉強には、落とし穴があるのです。

自分をごまかさないことの意味

桂は藤堂に次のように話していました。

「『奇跡への挑戦だ』とあいつは口では言ったが 岡の成功を信じていた
岡を信じ おれを信じていた

失敗はあいつへの裏切りだった!

無論ほかに約束を知る者はいない
失敗してもだれもおれを責めはしない

が たとえこの世の誰が知らなくても
おれが このおれが知っている!」

桂は宗方を深く愛せばこそ、裏切ることはできませんでした。そしてそれ以上に、裏切る自分に耐えられなかったのでしょう。

自分に正直に、とは、わがまま勝手をすることではありません。自分をごまかさないこと、ごまかして裏切る自分に耐えられない、そうした品性の高い生き方をすることです。

桂の生き方を目の当たりにした藤堂は、桂と同じくコーチになる決意を固めます。桂が自らの意志で現役を引退し、コーチになった答えが、ここにあると思います。

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生きづらい貴方へ

自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。