【境界線と自分・上】自分に「No」を言う自制心の難しさとその力

他人への境界線を引けたとしても

カウンセラーでもある著者に、或るクライアントの女性が以下のように打ち明けた言葉があります。

「これまでこの関係についてはお話ししていなかったのですが、やはり言っておくべきだったと思います。実はある女性との間に大変な境界線問題があるのです。

彼女は大食漢で、言うことがとても辛辣です。全く信頼できず、いつもがっかりさせられます。そして私のお金を使い込み、もう何年も返してくれないのです」

「どうして今まで彼女のことを黙っていたのですか」私は尋ねました。

「何故なら、それは私だからです」

如何でしょうか・・?全くこの通りではないにせよ、大なり小なり思い当たる節がある人がほとんどではないでしょうか。

大食漢だったりお金を使いこんだりはしなくても、やるべきことをつい先延ばしにしたり、いつも時間ギリギリでバタバタしたり、なにがしか似たような悩みは、ごく普通の人なら抱えているものです。また「完全に自分を制御できている」自負がある人は、そもそもこのページに辿り着くことはないでしょう。

他人との境界線は引けたとしても、自分の境界線は他人とのそれよりも難しく、そして死ぬまでついて回る問題です。健全な自制心とは、自分に「No」を言うことです。そしてそれは、他人に「No」を言うのと同等かそれ以上の力があります。そしてこの健全な自制心があれば、他人と比べたり、他人を羨んだり、他人を利用したりすることからは無縁になります。外側からの評価では左右されない真の自信を育めます。

自分自身の境界線問題

自分自身の境界線問題として、本書では摂食、金銭、言葉、性欲、アルコールや薬物の乱用が挙げられています。本来これらは、それぞれの項目ごとに一冊の本が書ける内容ですが、ここではほぼ全ての人の悩みの種であろう時間と課題の遂行について取り上げます。

時間

いつも時間ギリギリ、或いは遅刻したり、提出期限が守れなかったり、他人に迷惑を掛けながらその度ごとに言い訳を繰り返す、これも自己境界線の問題の一つです。著者によれば、この時間に関する境界線問題の原因は以下の通りです。

1.全能意識 

与えられた時間内で自分が達成できることについて、非現実で過大な、甘い見通しがあります。「大丈夫です、やります」が彼らのモットーです。幼児的万能感が抜けきっていないと、この全能意識もまた抜けません。

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2.他者の感情について過度に責任を感じる 

「今日は仕事が早く終わったし、飲みに行かない?」本当は別にやるべきこと、やりたいこと(早めに就寝することであっても)があったとしても、こうした誘いを中々断れない場合は、「相手の機嫌を損ねたくない」という恐れが過剰になっている可能性があります。

上司や取引先など、氣を遣う相手だと悩ましいところですが、自分の優先順位付けと限界設定が意識出来ているかが問われます。断り切れない時でも、例えばお酒は最初の一杯だけにしてあとはウーロン茶にするなど、場の雰囲氣に流されない心がけが翌日の自分のコンディション及び時間を守ります。

3.現実的な考慮をしない・タイムラインの違い(足立による補足)

著者は「彼らはあまりにも『今』だけを見て生きているため、計画段階で道路状況や駐車、外出のために着替える時間などを考慮に入れません」と述べています。

以下は私の補足になります。

人はそれぞれ、過去現在未来の流れを一本の線のようにイメージして潜在意識レベルで持ち、これに沿った時間の観念で物事の選択をしています。この過去現在未来の流れのイメージを、タイムラインと呼びます。

自分がどのようなタイムラインを持っているかは、次の質問をしてみます。

「過去現在未来が一本の線だとイメージして、過去はどちらの方向にありますか?未来はどちらの方向ですか?そして現在はどこにありますか?」

典型的なのは以下の2パターンで、一つはインタイムと言って過去は後ろ、未来は前、現在は自分の体であり、線が自分の体を貫いています。スルータイムは、左から右、もしくは右から左へ流れていて、自分の前に年表のように横に伸びています。自分の体とは離れていて、過去現在未来が一度に見渡せます。

「時間ギリギリになってバタバタする」タイプの人は、インタイムになっていることがほとんどでしょう。「スライドが自分の方に迫ってくるように時間が迫ってくる」感覚です。旅行の荷造りが「前日の晩にならないとやれない」タイプです。

私の友人は典型的なスルータイムで、海外旅行のスーツケースの荷造りが、出発の3日前には終わっています。「未来が見えているのでやってしまわないと氣持ちが悪い」のです。

一方インタイムの私は、写真を「撮った瞬間に」過去のこと、即ち自分の背後に「行ってしまって見えていない」ので、次にカメラを使うまで、撮りっぱなしでそのままになっています。今はデジカメで、昔のようにフィルムを現像に出さないので、尚更そのままです。スルータイムの友人は、旅行から帰って間もなく、写真データをアルバムにして送ってくれます。これも「過去が見えているからそのままにできない」のです。

但し、スルータイムが良い事ばかりで、インタイムが悪いのか、と言えばそうでもありません。私がすっかり忘れている2、3年前の出来事を、例の友人は未だに持ち出してグズグズ言うのです。インタイムの人は、今に集中しやすいという利点もあります。しかし、余裕のある計画や、PDCAサイクルのチェック、即ち検証や反省のためには、スルータイムが有利です。

【エクササイズ】

もし自分のタイムラインがインタイムで、「もっと前もって計画的に段取りができるようになりたい」のなら、タイムラインをスルータイムに変更してみましょう。

未来が前、過去が後ろになっているタイムラインを、90°回転させ、横に流れるようにします。そして自分の体から1m程度離し、過去現在未来が見渡せるようにします。予定を立てる時は「これこれには15分かかるからこれくらいの幅」と、そのタイムラインを帯グラフのようにイメージしてに色を着けるとわかりやすいです。

インタイムの人は、その作業にかかる時間が15分であろうと1時間であろうと、「スライドの一枚」のようにイメージしているので「間際になってバタバタする」のです!

課題の完成

課題の完成は、時間に関する境界線問題の親戚のようなものです。始める時は勢いがあり、周囲を巻き込むけれども、継続したり最後までやり遂げられずに投げ出す、他の人に押し付けて逃げ出す人は珍しくありません。そして何度も同じことを繰り返します。

派手な打ち上げ花火は上げたがるけれども地道な作業は嫌う(規律への抵抗、遂行力の欠如)、成功すると人からの妬みを買うのではという恐れ、集中力のなさ、散漫さ、満足の遅延ができない、プレッシャーに負けてしまうなどの要因があります。

課題の完成に問題を抱える人たちの感覚は、往々にして、お気に入りのおもちゃに囲まれた二歳児のようです。しばらくとんかちを振り回して遊んだかと思うと、自動車をつかんで床を走らせ、人形に話しかけ、それから本に手を伸ばします。それぞれ二分と持ちません。

このおもちゃは、今の大人にとっては何と言ってもスマホではないでしょうか・・?殊にLINEやSNSは、「人と繋がり、共感を得て、孤独を慰められる」ため、ついつい見たくなってしまうものでしょう。SNSがなければ、しがらみのない個人が自力で探し出した情報を発信し、メディアの嘘を暴くことがこれほど早くはできなかったでしょう。また遠く離れた、直に会ったことのない人でも共感し、かけがえのない友人になることもなかったでしょう。しかしどんなことでも、諸刃の剣です。

デジタル化の流れは止められないからこそ、大人こそ自分自身に「No」を言う力を養う必要がありますが、それを意識出来ている人は圧倒的少数だと思います。

何故私の「No」には効果がないのか?

冒頭に書いた通り、他人に「No」を言う方が簡単です。仕事の場合は丁重なお詫びの上、お断りする根拠と場合によっては代替え案を示せば、仮に相手が納得しなかったとしても、自分の「No」には自信が持てます。「ここまで言ってわからなければ仕方がない。これ以上は相手の問題」と切り分けやすいです。

また、「その相手とは二度と関わらない」ようにして、境界線を乗り越えさせないこともできます。しかし自分に対しては、そうはできません。人間関係は変わっていきますが、生まれてから死ぬまで共にいるのは他ならぬ自分自身だからです。

著者は自分に「No」を言うのが難しいのは、「少なくとも三つの理由が考えられます」と述べています。

1.私たちこそ自分にとっての最悪の敵である

上記の通り、他人なら最悪の場合「逃げれば良い」のですが、自分自身からは逃げられません。冒頭の著者のクライアントの言葉のように「困ったことをやめてくれない」のが自分です。

著者は「最悪の敵」と表現していますが、この「最悪の敵」から逃げずにとことん向き合えば、他の人間関係はそう恐れなくても済むかもしれません。

2.人間関係が最も必要な時に、そこから身を引いてしまう

著者は本書の中で繰り返し、支援グループを持つことを強調しています。

私たちの境界線問題は真空のような孤立状態の中で解決することはできません。(略)自分自身を孤立させればさせるほど、私たちの苦難は一層深いものになります。

自分の問題に自分が責任を持つことと、孤立することは全く別です。特に境界線を育てるには、理解と思いやりのある他人に励まされ、その人に練習相手になってもらって「No」を言えるようになる実践が不可欠です。

ここで注意が必要なのは、ただ闇雲に相談相手を探し出せばよいわけではない、ということです。勿論、相談相手が信頼に足る人かの見極めがまず必要ですが、相談しているようで、「自分が聞きたいことだけ聞きに行く」になっていることも往々にしてあります。

ホストに「君は何も悪くないよ、君の辛さを理解しない周囲が悪いんだ」などと言ってもらいたくて大金をつぎ込むのは、結局自分の殻に閉じこもり、それをホストという他人に肯定してもらっているに過ぎません。形を変えた「身を引いている」ことであり、これは相談ではなく傷を舐めてもらっているのに過ぎません。

境界線に傷を負っている人ほど、身を引いて「安全安心な場所」に引きこもりたいものかもしれません。誰とも関わらなければ傷つくこともないからでしょう。しかしやはりそれでは、本質的な解決にはならないのです。

3.境界線問題の解決のために、意志の力で闇雲に我慢する

意志の力で「ただ歯を食いしばって頑張る」ことで解決するのなら、当の昔に悩んだりはしません。心理セラピーはこの世に不要ですし、本書がベストロングセラーになることもありません。

「自分に『No』と言えるようになる」と決意することは重要です。まずこの決意なくしては何も始まりません。しかし「意志の力で抑えつけて」何とかなるものではない、この区別が大切です。

例えば、自制できる人はその度ごとに未来を予測しています。今はショッピングに出かけなくても、スマホをポチれば翌日か翌々日には届きます。「いいな」と思ってもすぐにはポチらない人は「買ったはいいけど、これ、いつどこで使うの?」と自分に質問しています。

スーパーの買い物も同じです。単に安いから、美味しそうだからで飛びつきません。「家にまだあるじゃない」とか、「この野菜買っても、いつ何に使うの?」とその度ごとに自分に訊く、その習慣がついています。ですから「意志の力で」我慢しているのではなく、意識の使い方とその習慣なのです。闇雲な我慢は、何にせよ長続きするものではありません。

運動をサボりたいのを自制するのも同じで、「あんまりサボり続けると、体がなまって階段を上るのがしんどくなるな」などと未来を予測した声がけを自分にしています。

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また買い物で充足感を満たそうとしていると氣づいたなら、他の趣味や人との交流で満たすようにするとか、そもそもこの虚無感は一体何なのかを向き合います。意志の力は買い物を闇雲に我慢するのではなく、これらの自分に向き合うことに使います。

次の記事では、「自分自身に境界線を設定する」具体的な方法について取り上げていきます。

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