親の世間体大事に苦しむ子供・世間体とは虚栄心であり偽善

「子供である自分を親の世間体の道具にされた」癒されがたい傷

自分の進学や就職、果ては結婚相手まで「親の世間体大事」で決められてしまった人は、「自分の人生を生きられなかった」悔しさが長い歳月を経ても残ることがあります。進学先の学校や、配偶者が仮に良かったとしても「それとこれとは別」の痛みです。自分の自由意志を尊重されず、自分の人生を親のアクセサリーにされてしまった、そこに「親は自分に無償の愛を注いでくれてはいない」癒されがたい悲しみが伴うからです。殊に学校が自分に合わなかった場合は、二度と来ない大事な青春を「親に台無しにされた」恨みが深くなって当然です。

子供の方も「自分の希望が通らなかったこと」そのものに怒りを感じているわけではありません。例えば経済的な理由で望む進路に進めなかった場合は、それを子供が悲しく残念に思いはしても、最終的には寛容に受け入れることが多いです。それも親と子の心の結びつきがあればこそでしょう。

それにしても、「子供である自分を親の世間体の道具にされた」傷は生涯残るものなのかもしれません。仕事のやりがいや、配偶者や子供との団欒、共感できる友人などの他の幸福ではーその痛みが軽くなることはあってもー埋め合わせきれないもののようです。

世間体とは虚栄心と責任転嫁と偽善

「世間体が悪い」という言葉は、恰も「世間」という、本来は実体のないものの被害者であるかのように自分を捉えています。そして「世間体が悪い、だから○○しろ、或いはするな」と子供に脅迫します。このように子供は罪悪感で操作されると、肝心の自尊心を打ち砕かれてしまいます。「そのままの自分で良い」と思えなくなります。

世間体とは実際には、自分の虚栄心、見栄でしかありません。またそれを如何にも実体あるものの被害者であるかのような責任転嫁と、「自分は体裁を整え、ちゃんとしている」と思っておきたい偽善があります。実際には自分の見栄ですから、世の中の人のことなど見ていないし、まして思いやってもいません。

心理セラピーにおいても、クライアント様が延々と「だって世間では」を言っている間は何も変わりません。クライアント様が本氣で「これは大変だ!自分が何とかしないと!」と思っている段階ではありません。誰かや何かのせいにして、結果何もしないということは、本音の本音は「今の状況が続いても構わない」まだまだ余裕がある状態です。人間の本音は行動に現れます。この場合「もっと困ってから来てください」と一旦打ち切りにする判断を下すのが私の責任になります。

「自分は『世間』の被害者」にしておきたい卑怯さと、それが親自身のことに留まらず、選択権がなかった子供の頃に、自分の人生を左右されてしまった悔しさ、そして親の方には良心の痛みなどなく「して当然」位に思っている共感性のなさ等で、二重三重に苦悩が深くなります。

子供の時はよくわからなかったけれど、自分が大人になってから「自分が親の立場であのようなことをするだろうか」と視野が広がればこそ、改めて親への怒りが湧き上がることも往々にしてあります。ただそれは苦しい感情ではあっても、「親にとっての都合の良い子」「言われるがままのお人形さん」のまま、一生を終えるよりもずっと良いのです。その時点からでも自分の人生を取り戻すきっかけにできるからです。

「世間体大事」の弊害は社会全体に及ぶ

このように「世間体大事」は、結局のところ自分の都合であり、「自分が世の中の人から悪く思われたくない」ナルシシズムです。「自分が悪く思われたくないから○○する」は打算です。本来は「他人が氣づこうと氣づくまいと、譬え理解されず非難されても、自分の良心に基づいた信念に沿って○○する、或いはしない」でなくてはなりません。それが自分の人生を生きること、自分の顔を失わないということです。

ダン・ニューハースの「不幸にする親 人生を奪われる子供」で述べられている「常に自分の都合が優先する親」は世間体大事の親と言えるでしょう。このタイプの親は、ナルシシスト的であるとしています。本書で挙げられているナルシシストの特徴の幾つかを以下に引用します。

・自己重要感が異常に大きい。

・自分は特別で人とは違うと思っている。

・人からの称賛を過剰に必要としている。

・人は自分に従うべきだと思ってる。

・人を基本的に「自分にとって有用か、それとも脅威になるか」という見方で見ている。

・自分の責任を受け入れず、人を非難する。

・人から批判されたり拒否されることに過剰に敏感である。

・他人の氣持ちを思いやることができない。

「不幸にする親 人生を奪われる子供」ダン・ニューハース

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親が「世間では」を言わない場面であっても、疑問や反論を許さなかったり、家族以外の人にもマウントを取りたがったり、譬え我が子であっても「利用価値がない、或いは脅威」と捉えると非常に冷淡になったり、他人の尽力の背景を思いやれなかったり、子供が悲しみや不安を訴えても共感してもらえなかったり、幾つか思い当たる節があるかもしれません。

特に「人、即ち子供は自分に従うべきだ」になっていると、子供は反抗期らしい反抗期を送れなくなります。そうすると自我の発達が不十分なまま、大人になっても「No」と言えない、「これはおかしい、間違っている」と表明できない、思考停止して言いなりになるといった弊害を生んでしまいます。

2024年2月現在、もう諸外国ではコロナはとうの昔に過去の出来事になっているのに、私が免許更新に行ったところ、更新センターで働いている人はまだ全員マスク、講習会会場ではアクリル板、「一席空けて座って下さい」のソーシャルディスタンス、4年前から時間が止まったままでした。如何に日本人が思考停止した従順な羊になっているかが、このようなところにも現れています。

親のというよりも日本人の「世間体大事」は、このように社会全体の思考停止、事なかれ主義を生み、根深い禍根を残すのです。

心の底で見抜かれている「私ちゃんとしてマスク」の偽善

ところで「世間体大事」には大きく二つがあります。一つは「本当はそうしたくないと思っていても、他人と違うことをする勇氣がない」同調圧力に屈してしまう場合と、もう一つは世間に向けて「ちゃんとしてますアピール」がしたい虚栄心の場合です。

同調圧力に屈してしまうのは、責任ある大人の態度とは言い難いのですが、それでも「自分の本心はこれだ」という自覚が薄々でもあります。ですのでこの場合は「自分の本心に従うことを、小さなやれそうなところから一歩を踏み出す」成功体験を少しずつ積み、勇氣を養うことが出来ます。自分の心に忠実に生きるには、こうした勇氣を養う地道な習慣がとても大事です。勇氣は持って生まれた性格ではなく、思いやりや客観性同様、後天的にそして生涯育み続けるものです。

「同調圧力に屈してしまう私ってまじヘタレ」と自分をごまかさず、そして「だって」と言い訳せずに今の自分にできるところからやってみる、それが自尊感情を高める道筋です。

一方で「ちゃんとしてますアピール」は、「私ちゃんとしてマスク」の偽善です。マスクに感染予防効果はなく、寧ろ有害無益であり、また子供たちの心身の発育にも有害であることを「知っていても」、「私ちゃんとしてマスク」はやめられません。そうやって歪んだ承認欲求を満たすのは、ホストに狂ってしまった女の子が中々抜け出せなくなるのと根は同じです。

そしてまた人は「私ちゃんとしてマスク」の偽善を、口には出さなくても心の奥底で見抜きます。いつかマスクをしなくなったとしても、別の何かに置き換わるだけということも。

「ちゃんとしてますアピール」は、「一体それは誰のためにやっているのか?」という疑念を、周囲の人の心に引き起こさせるのです。

虚栄心の浅ましさに自分が耐えられない境地

SNSでの自慢も同じことです。以下の記事は2017年8月に投稿したものですが、未だに毎日アクセスがあります。ということは、時間が経ってもSNSでの自慢に辟易する人がいなくならないという証でしょう。

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自尊と虚栄は反比例の関係です。自尊とは、人の評価評判に振り回されない境地です。謙虚に励みにしたり、反省のきっかけにはしても、評価評判自体を目的にはしません。何があっても無くても「自分は自分」に誇りを持っている状態です。

ですから「世間体大事」だけをやめようとしてもやめられません。まして他人が説得しても変わりません。自尊感情を高める終わりのない習慣を身に着けて行く過程で、如何に「世間体大事」が馬鹿らしく虚しいことかを、誰に言われなくても自分が悟り、自ずとやらなくなる、「私ちゃんとしてマスク」の浅ましさに自分が耐えられない、SNSでの自慢は尚更、その境地に達する他ありません。

SNSでの自慢や「私ちゃんとしてマスク」は、些細なことと思われるかもしれません。しかしこうした些細なことから自然とやらないようになっておかないと、今度は自分が親の立場で、子供を世間体大事の道具にしてしまいかねません。子供に「世間の目が氣になるから」とマスクをさせておいて、更に大事な事柄、例えば子供の進路に親の世間体大事のために干渉しない、などはできないのです。

虚栄から自尊へ・自分が「同調圧力が」「人の目が」を言い訳にしない

「だって同調圧力が」を言い訳にしている内は、自分も自分の大事な人も決して守れない、それがはっきりしたのがコロナワクチンの薬害です。「だって同調圧力が」の言い訳は楽です。しかしそれは、自分にも他人にも愛のない行為であり、個々人の苦しみのみならず、国家の危機をも引き起こしてしまいます。同調圧力に屈さない胆力、勇氣を養わなければ、私たちはそのつもりがなくても愛のない人間に成ってしまい、そしてまたそれに心の痛みすら感じません。

虚栄心は良心の呵責を伴いません。「同調圧力が」「人の目が」を言い訳にするのも、尤もらしく聞こえます。しかしそのことが、人の一生に癒えがたい傷を残してしまいます。そのご相談は絶えてなくなりません。だからこそ、その反対の自尊感情豊かに生きることを、それこそ誰に知られなくてもやり抜かなくてはならない、それが品位と良識のある大人の責務だと私は考えています。

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🔗第1回 要約・氣づきメモ

第2回 「No」を言いづらい時、何を恐れているのか (約17分)
第3回 「人は安心の名の下に自由を手放す」責任と結果予測 (約14分)
第4回  速い思考と遅い思考・現実を見ることと選択肢を広げること (約18分)
第5回  思春期の頃、親に対して「うるせえ!クソジジイ!クソババア!」と言えましたか? (約15分)
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    自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。常に等身大の、それ以上でもそれ以下でもない今の自分から出発します。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。