心理的防衛の4つのレベル・心の成熟のために必要なこととは

自我という「心のダム」

様々な心理的な問題は、自我という「心のダム」が未熟で脆く、弱いか、大きくて強く、しなやかで成熟しているかに帰結します。

この「心のダム」を様々なストレスから守ろうとして、ほぼ無意識的に行うのが心理的防衛です。この心理的防衛は4つのレベルに大別され、低いレベルの防衛に頼れば頼るほど、様々な問題が生じます。

まだ責任がなく、接する世界が狭い子供の内は、低いレベルの防衛を使っていても「まあ、そんなもの」で済ませられますが、責任が伴い、また様々な人と接する大人だと、「あの人、困った人」になります。

ごく普通の人でもついやってしまうのは合理化という言い訳や、反射的に感情を抑圧することです。特に言い訳は、全く許されなければ息が詰まって誰も生きて行けません。本人が言い訳しつつも後悔や反省をしていたり、「皆、その程度のことはあるよ」の範疇なら許容範囲でしょう。

しかし何でも物事には程度があります。言い訳にもならない言い訳を、全く開き直ってされると、信頼を著しく傷つけます。本人はその時は楽して良い目をしているようですが、少し長い目で見れば、「あの人は不誠実」と内心であっても評されるようになります。

心理セラピーの目的は、より高いレベルの防衛を使えるようになること、少なくともその意義を体感できるようになることでもあります。

心理的防衛の4つのレベル

心理的防衛について、詳しくは以下のリンクをご参照ください。今回の記事では、心理的防衛の4つのレベルそれぞれの、代表的なものを解説します。

レベル1:原始的(精神病的)防衛

原始的防衛とは、生後5ヶ月くらいまでの乳幼児でも使える基礎的かつ強力な防衛です。

●否認 事実を否定すること。見て見ぬふり。なかったことにして認めまいとすること。他人の苦痛や不幸への無関心は、この否認によります。非常に原始的かつ強力な防衛のため、本人には意識されず、良心の呵責を伴わないため、いつまででも続きます。単に現実を意識の外に追い払うだけでなく、欺瞞(「皆もそうしている」「私だけが悪いんじゃない」や、言い分を聞こうとせず、「あの人の態度が気に入らない」などと話をすり替えるなど)、嘘を使うこともあります。
また責任転嫁(「だって」)は、責任の否認です。後述しますが、「だって」をやっている間は、自我は成熟せず、心理セラピーは奏功しません。

●分裂 自分や他人の良い面/悪い面を、二つに分裂させます。真っ黒か真っ白か。天使か悪魔か。幼児が好む物語は「白雪姫は何から何まで良い人。継母は何から何まで悪い人」です。成長するにつれて「現実にはそんな人はいない」とわかってきます。
普通の人でも著しく心が傷つけられると「あの悪魔!地獄に落ちろ!」になり、その状態では他人が「あの人だって良いところが・・」と言っても聞き入れられません。ただ通常は、心の傷が回復すると「全てにおいて悪い人ではないけれど、それでも私にはつき合いきれない。されたことを許せるわけじゃないから、私は関わらない」などと相対的に相手を捉えられるようになります。

レベル2:未熟な防衛

●行動化 抑圧された衝動や葛藤が問題行動になること。具体的には性的逸脱行動、自傷行為、自殺企図、暴言、暴力、過食、拒食、浪費、万引き、薬物依存、アルコール依存など。

●理想化 上記の「分裂」で、分裂させた良い面を過度に理想化すること。「白馬の王子様」。悪い面は「脱価値化」し、相手が自分の理想化した期待に応えないと直ちに価値のないものとして過小評価します。単なる失望や落胆とは異なります。過小評価に留まらず、攻撃的な言動や、巧妙な嫌がらせをしたり、いきなり音信不通になったりします。

●投影 自分の認めたくない面を他人に投影し、嫌ったり、攻撃したりします。いじめは加害者自身の不安感や自信のなさを、立場の弱い相手に「投げ込み映し出して」攻撃しています。

●退行 現在の自分より幼い段階に戻ること。自信が持てない状況に置かれると、幼く甘えたような声のトーンや、話し方になるなど。幼い段階に戻れば、責任を回避できると無意識的に選択しています。ごく一時的なものならそれほど問題はありませんが、常態化すると自我が未熟な状態に戻ってしまい、更なる問題を引き起こします。

レベル3:神経症的防衛

●合理化 言い訳すること。イソップ寓話の「すっぱい葡萄」。狐は木になる葡萄を取ろうとするが、上の葡萄が届かないため、「届かない位置にあるのはすっぱい葡萄」だと口実をつける。言い訳には様々な種類とレベルがあります。どんなに成熟した人でも、「今日は暑いし、ビール飲んじゃえ」程度の少しのだらしなさを自分に許さないと生きて行けません。この言い訳の質と頻度、そして意識化できているかどうかが問われます。

●抑圧 主にはネガティブな感情を無意識下に抑え込むこと。怒りや悲しみを「悪いもの」と捉えていると、真っ先にやってしまいます。その代償として、甘い物を食べるのをやめられなかったり、何かの現実逃避をしたり、体の症状に出たりします。

●反動形成 本音と裏腹の言動を取ること。小学生くらいの男の子が、好きな女の子をいじめてしまうようなこと。こうしたことは一種の通過儀礼ですが、子供を本心では憎んでいる親が、子供に物を贈ったり、外食に連れて行ったりして「自分は子供を愛している」と思い込もうとすることもあります。

レベル4:成熟した防衛

●受容 良いことも悪いことも受け入れること。悪いことを許可したり、妥協して諦めるのとは異なります。時には責任追及や改善は求めたとしても、「そうしたことは起きてしまうものだ」と事実を受け入れて行く態度。心の痛みを受け入れつつ癒す態度。痛みを排除するのではありません。

●勇氣 怖い、面倒なことから逃げずに小さな一歩を踏み出すこと。また自分をごまかさない、自分に忠実であろうとすることも勇氣です。

●感謝 「超ラッキー!」は感謝ではありません。自分の都合を喜んでいるだけです。「お陰様で」「ありがたいなあ」と他者の尽力や愛情、誠実さに思いを馳せる態度です。

●慈悲

●忍耐

●抑制 抑圧とは異なり、意識的に自制すること。怒りや悲しみなどの感情そのものを受け入れつつ、不適切な言動には出さない態度。

●謙虚

●尊重 優れた人を尊敬するだけでなく、他人を上にも下にも見ずに、対等に大切に扱うこと。迎合や、我慢してひたすら譲るのとは異なります。

●マインドフルネス 「今ここ」に意識を集中すること。

●同一視 自分にはない優れた在り方に、自分を近づけようとすること。また他者の状況を自分のことのように思い、感じ考え行動すること。相手を「憐れむ」のではなく、自分事として捉えること。「この世に他人事はない」⇒無関心の事実の否認とは対極。

成熟した防衛に移行するには

レベル1~3までの心理的防衛は、自我が成熟するにつれて自ずとやらなくなります。またやったとしても、質と頻度が変化します。

そしてまた、レベル4の成熟した防衛は、徳とも言い換えられます。即ち「これで完璧。もう終わり」はありませんし、他人と比べるものでもありません。数年前の自分と比べて、その質がどう変わったかです。他人と自分を比べない人は、自ずとレベル4の成熟した防衛をより多く行っているでしょう。言い換えれば、他人と比べまいとだけしても上手くはいかず、自我を成熟させた結果として、自ずと他人と比べなくなるのです。

大人が原始的で未熟な防衛に頼れば頼るほど、世の中は悪くなり、成熟した防衛を使えるようになればなるほど、平和で希望に満ちた世の中になっていく筈なのです。以下に、自我を成熟させるために、日常の中で取り組めることを幾つか列挙します。

常日頃から心を落ち着かせる習慣。呼吸法や瞑想を短い時間でも取り入れる。

自我が退行し、未熟な防衛に頼るのはストレスのためです。ストレスがない時には防衛しようとはしません。忙しく責任の伴う大人は、ストレスを感じない方が無理があります。

日常の中で、意識的に深い呼吸をすると、「今ここ」に戻れます。氣づきや癒しは、過去や未来に頭と心が囚われている時ではなく、「今ここ」で起こります。

1分でも30秒でも良いので、深い呼吸をするのは、音楽に休止符が入るようなものです。休止符のない音楽は耐え難いです。自分の意識に休止符を入れて、心を落ち着かせるイメージをします。

慣れてきたら、一日の初めや終わりに、瞑想をして心を落ち着かせます。これは、スマホで現実逃避をするのとは全く違う、ストレス耐性を高める習慣です。瞑想のやり方は、ご自分に合ったもので良いのですが、シンプルなものを最初は3分とか5分とか、短い時間から取り組むのをお勧めします。

選択責任は自分にある/「だって」を言っている間は成熟できない

自我を成熟させるには、「自分の責任で選択する」ことが必須です。同じ行動であっても、「だって誰それがそうしろと言ったから」「皆がそうしているから」と、「(人の勧めや指示であったとしても)最終的には自分が選んでやっている」とでは、責任感の醸成が全く異なります。組織で働いていれば、納得がいかなくても指示命令に従わざるを得ないことも多々あります。それでもなお、その組織で働くことを選んだのは自分です。

「だって」は原始的防衛の「否認」の一形態です。これをやり続けて自我が成熟することはありません。「だって」は楽ですが、どこか自分に後ろめたさを感じたり、自信を持てなかったりします。「だって」は精神的な麻薬と同じなのです。

主語を「私は」で考え、選択する

上記の続きになりますが、「だって」を言わないとは、主語を「私」にするということです。「私はこう思う。これが正しいと思う。良いと思う。私はこうする。私はこれを選ぶ」です。「私が、私が」の他者を思いやらない自己主張ではありません。自分の信念に責任を持つ態度です。

「あなたはそれについてどう思いますか?」と尋ねられた時、「私は」と答えずに、「夫が、息子が、親が、会社が、上司が、世間が」と、他人を主語にするのは、責任から逃げています。「私は辛かった。悲しかった。理不尽だと思って悔しかった」が、自分の感情の所有者は自分、という態度です。だからこそ、それらの感情を否定せずに癒すことができるのです。

自分をごまかさない/安易な同調や事なかれ主義を潔しとしない

責任から逃げるのは、その時は楽ですが、「私は」を言わなくなる、即ち自分をごまかすことです。その分自分自身を失います。これは言葉だけでなく、安易な同調や事なかれ主義も同じです。

自我が成熟するとは、自分は何者であるかを大切にするということです。次第に安易な同調や事なかれ主義を潔しとしなくなります。それは自分で自分を裏切ることだからです。

自分だけの氣づきを得る

自我が成熟していくとは、変容が起きることです。いつの間にか成熟していくこともありますが、もっと早く変容するには氣づきを得ることです。知識は氣づきのための呼び水に過ぎません。氣づいて自分の心が動き、脳の中に新たな神経回路ができなければ、知識をかき集めたところで人生は変わりません。

常識的で知的で、十人が十人から「あの人はきちんとしたいい人」と評されるであろうクライアント様であっても、「だって」で生きている人は、氣づきが浅いのです。深い変容が起きないので、表面を少し整える程度になってしまいます。

成熟した防衛の項目は、皆知識では、つまり頭では知っていることばかりです。頭で知っていても、生き方にはなりません。心が深く感得するかどうか。それには自分をごまかしていては、決して心に深く根差した氣づきにはならないのです。

【音声版・境界線とは「No」を言うこと・流されない生き方のために】


【このような悩みを抱えている方へ】

・適切な「No」を言えるようになりたい。迎合したり、操作されたくない。自分の意志で人生を生きたい。
・流されてしまったことに後悔している人。「もうあんなことは繰り返したくない。自分の子や孫に、同じ過ちを犯してほしくない」「どうやったら流されずに、勇氣を持って断れるようになるのかを知りたい」

【音声教材を聴くことによって得られる効果】

・何故「No」を言うことが大事なのかが再確認でき、やりやすいところからチャレンジできる。
・「No」を言うために必要なこと、限界設定、責任、結果予測、選択肢を増やす等、「遅い思考」を鍛える意義がわかる。
・親に反抗できなかった人は、親(大人)の言いなり良い子になることをやめる決意ができる。自分と親の関係性を見直すきっかけにできる。
・日常の中で小さな「No」に躊躇しなくなり、「他人にどう思われるか」ではなく「自分がどうしたいか」「何が責任を果たすことなのか」で物事を取捨選択し、たとえ結果が思わしくなくても、「自分が選んだ」ことそのものに対しては自負を持てる。

【全6回のテーマ】

第1回  結果を負うのは自分しかいない。「No」を言わなければ「Yes」と言ったと見なされる (約17分・無料で公開します)

🔗第1回 要約・氣づきメモ

第2回 「No」を言いづらい時、何を恐れているのか (約17分)
第3回 「人は安心の名の下に自由を手放す」責任と結果予測 (約14分)
第4回  速い思考と遅い思考・現実を見ることと選択肢を広げること (約18分)
第5回  思春期の頃、親に対して「うるせえ!クソジジイ!クソババア!」と言えましたか? (約15分)
第6回  境界線の内側には良いもの、外側に悪いもの・境界線は真の自由と自立のために (約16分)

5500円(税込み)振込み手数料はお客様負担になります。

まず第1回を試しに聴いて頂き、ワークに取り組まれた後、「もっと勉強して実践したい」方は、以下のフォームにてお申込みくださいませ。
振込先の銀行口座をメールにてご案内します。お振込み確認後、URLとパスワードをメールにてお知らせいたします。

もし、お申し込み後2、3日経っても、弊社からのメールが届いていない場合は、受信メールのゴミ箱に入っていないかご確認くださいませ。
やはり届いていない場合は、大変お手数ですが、弊社へメールかお電話にてご連絡くださいませ。


    ※「音声版・自尊感情を高める習慣」のご案内は、こちらのリンクをご覧ください。
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