「こんな自分は嫌い、認めたくないから変えたい」は自己虐待

「太ってる私が嫌いだからダイエットしなくちゃ」になっていると

心理セラピーは、当たり前のようですが、自分の何かを変えたい、変える必要があると思っている人にのみ奏功します。「自分の身内がこれこれで悩んでいるようなので、セラピーを受けさせたい」というお申し出が時々ありますが、悩んでいることと、何かを変えようと思っていることは別物です。この状況から抜け出たいと心の底から思っているかどうか、それが変化を起こすエネルギーになりますし、またそれを他人が「与える」ことはできません。

人は「不幸な自分が心地よい」、実はその自分を楽しんでいることも全く珍しくありません。自分や他人を責めて終わりにし、何かを変える取り組みをしないのは(それが譬え「今は思い切って休む」であっても)、悩んでいるようでも本音は「今のままでいい」わけで、結局はそれが本人の道楽なのです。

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そして「何かを変えたい」であっても、例えば「太っている私が嫌いだからダイエットしなくちゃ」では上手くいきません。

それは例えるなら、ある男性に「君がダイエットして体重が〇㎏になったら付き合うよ」と言われて、自分が彼から愛されていると思えるかどうか、そんな男性と付き合いたいかどうかです。「どうぞ、そういうあなた好みの体形の女性と、お付き合いなさったらいかかがですか?」と一蹴できなくてはなりません。

まともな親なら、我が子に「体重が〇㎏になったら愛してやる」とは絶対に言わないのと同じです。それと「そんなに間食ばかりしてたら、太っちゃうよ」などとやんわり戒めるのはまた別の話です。

体重が増えたらがっかりする、それは自然な人情ではありますが、「だからそんな私が嫌い。私はダメだ」では、「〇㎏になったら愛してやる」を自分にやっていることなのです。これでは、目標が罰ゲームになってしまいます。

これが体重だけでなく、収入だとか、社会的地位だとかで自分を認めようとする、他人と比べて一喜一憂するのも全く同じです。

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その動機が、自分や周囲への愛の発露になっているか

「ポッコリしたお腹よりペタンコのお腹の方が、いいなと思う洋服が見つかった時に『これはお腹が目立つから着られない』と諦めなくて済むし、体が重いと身のこなしが悪くなるし、やっぱり体重を落としたい」と思うのは、自分の可能性を広げようとする向上心の現れでしょう。ポッコリのお腹の間は、上手な体形カバーの着こなしの工夫をするのも、自分を大事にし、悪い意味での開き直りをしていないからこそです。

仕事ができる人でむさくるしい格好をしている人はいません。自分も相手も大事に思えばこそ、「もう歳だから」などと言い訳をして諦めず、できる範囲で身ぎれいにしようとします。ダイエットがそうした動機であれば、自分と周囲への愛の発露ですから、山あり谷ありはあっても結果的に上手くいきます。

自尊感情が高まり、どんな感情をも否定せず大事に受け止めるようになると、自ずと暴飲暴食をしなくなり、またジャンクフードを「食べたくなくなる」ので、その人にとっての健康体重に自然に落ち着いていきます。

また別の例を挙げると、ただ単に「部長になりたい」のと、「部長の権限があればこそ、自分がやりたいことがやれる。だから部長になりたい」のは動機が違います。「会社の役職などの社会的地位で自分を承認している」だと、「〇㎏になったら愛してやる」と結局は同じです。この違いが心でわかることが大変重要です。それがわかっていれば、他人の出世を羨んだり妬んだりしなくなりますし、相手の肩書に惑わされず、その人の中身を見よう、知ろうとします。

目標の動機が「そうではない自分だと許してやらない」ではなく、「自分や周囲を大事にし、自分の可能性、選択肢を広げる」ものであることが肝心です。

「現状にそぐわないから何かを変える」と「こういう自分でないと認めてやらない」は別物

生きていれば自分も周囲も、否が応でも変わっていきます。ですが人は現状維持が楽であり、状況が変わっているのに「昔取った杵柄」をやろうとしてしまいます。若い人の方が変化に柔軟に対応できるのは、なまじ「昔取った杵柄」がないからです。

成功体験は自信をつけるために大切ではありますが、いつまでも通用するとは限りません。ですから歳をとればとるほど、状況の変化を見極める目を養い続ける必要があります。ただそれがわかって実践しようと心がけている人の方が少ないでしょう。

状況の変化に応じて、自分の何かを変えていく、これが柔軟性です。そして「どのように変えて行ったらいいか」が目標になります。例えば、親の老いを受け入れていくのは誰にとっても葛藤が生じます。まして親が認知症を患って、子供である自分をわからなくなってしまった、これにショックを受けない人はいないでしょう。

その時「しっかりして!私だとわかって!」と願う心情は当然ですが、この場合はどうしても、「親が自分をわからなくなってしまった」その現実を受け入れざるを得ません。それがどんなに辛くても、その人の目標になります。

これが「現状にそぐわないから何かを変える」という目標の立て方です。このケースでは、誰が悪いのでもありません。ただこれまでのままでは上手くいかないから、何かを変える必要がある、ということです。人生が上手くいっている人は、これを細かくやり続けています。周囲からは中々見えづらい努力をやはりしているのです。

そのことと「こういう自分でないと認めてやらない」は全くの別物です。それは「ほれぼれとする自分でなければ認めてやらない」ナルシシズムが根本にあり、その人にとって不都合な現実をなかったことにしようとする、自己虐待になります。

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自分の中にはたくさんの自分が

自分の中にはたくさんの自分がいます。そんなことは当たり前だと思っていても、人は何かに囚われ、意識が集中してしまうと、例えば「太っている自分」しか自分自身は存在しないかのように捉えてしまいます。

「理想体重より〇㎏多い」のは、自分の中の数多くの側面の一つでしかありません。

ダイエットでもなんでも、何かの変化を起こそうとすれば、これまでとは違う行動を取ったり、能力を身に付けたり、新たな考え方を取り入れる必要があります。「自分の何かを変える」と聞いただけで、全人格を否定されたかのようにへそを曲げる人もいますが、その人は状況の変化に際して何かを変えるということを、意識的にはやってこなかったのでしょう。

このニューロ・ロジカルレベルに沿って言えば、一人の人の中に、信念(考え方)も、能力も、行動も無数にあります。一つだけの人などいません。そしてそれらの土台の上に自己認識があります。自己認識も一つではなく、例えば「私は頑固だ」は見方を変えれば「強い信念がある」になりますし、時と場合によっては意固地にならずにあっさり譲ることもあるでしょう。他の人と比べれば「頑固な面が多い」が実際のところです。それは他の資質でも同じです。

心理セラピーでは、主に信念(考え方)にアプローチします。それも元々の信念を変えなくてはならない、というよりも、新たな見方を付け加えたり、捉え方を広げたり、ご自身の氣づきにするお手伝いをしています。人が変わるのは知識ではなく、氣づきです。

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そしてニューロ・ロジカルレベルの図にあるように、日常の行動が変わって環境が変わります。ですから、クライアント様一人一人の日常生活における小さな実践が必須です。どこから手を着ければいいのかは、じっくりお話をお伺いしないとわかりません。そして身近な環境が変わってようやく人は「人生が変わった」と実感できます。

「彼を知り、己を知れば百戦して危うからず」

会社の仕事などで「状況の変化に迅速に柔軟に対応を・・」などと上の立場の人から聞いたことがあるかもしれません。こんなことは当たり前と思われるかもしれませんがですが、実は当たり前にやれることではありません。

これは言葉を換えれば、孫子の兵法のもっとも有名な言葉「彼を知り、己を知れば百戦して危うからず」とも言えます。「百戦して危うからず」にやはりならないのは、これが至難の業だからです。

孫子はこの言葉に続けて「彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らずして己を知らざれば、戦う毎に必ず危うし」と結んでいます。自分のことがわかっていない、或いはわかろうとしない、都合の良い自分しか見たくないでは、彼、即ち敵や周囲の状況を過不足なく見定める芸当はもっとできません。

つまり何にせよ物事が上手くいくためには、今の自分をよく知るところから始める必要があります。人はどうしても過小評価か過大評価に傾きがちで、そのままの自分を完璧に客観視できる人がいれば、その人は既に達人です。

そして客観視はそもそも難しいものである以前に、「都合の悪い自分は『なかったことにしたい』」欺瞞、つまりナルシシズムがあると、また色々な言い訳をして自分をごまかす癖がついていると(コロナが茶番でマスクが意味がないとわかっていても、「他人と同じにしておいた方が自分が傷つかない」、もしくはそれさえ「同調圧力が」と他人のせいにしてマスクをして出歩くことを含みます。マスクは「その人の顔を亡くす」ためにやっています。感染対策は口実に過ぎず、人間の尊厳をこれほど損なうものはありません。)孫子の言う「己を知る」からどんどん遠ざかってしまいます。

体重が増えてしまったことにがっかりした、その気持ちにこそ正直であっていいのです。そのがっかりした気持ちが変化を起こすモチベーションになります。ダイエットだけでなく、何かを上手くできない自分をヘラヘラ笑いや言い訳でごまかさず、不甲斐なく、情けなく、悔しく思いつつ、諦めず投げ出さないのが自分に正直であることです。

そしてそれもまた、大事な自分の一部であり、いじめてなかったことにしないのは自分にしかできません。負けた時にヘラヘラ笑いや、言い訳ばかりしているアスリートは、アスリート失格なのと同じです。自分に正直である態度はかなり地味です。しかしわかる人にはわかるその勇氣の持ち主にこそ、道は開けるのだと思います。

無料ステップメール「自分を大切にする7日間のレッスン」

自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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生きづらい貴方へ

自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。