何故自分から「ドツボに嵌る」のか・問題が長引く7つの行動

知らず知らずのうちに自分から「ドツボに嵌る」

以下の記事で「人は困難をどのように乗り越えているのか」について書きました。

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一方で人はまた、自分から「ドツボに嵌る」、延々と問題や困難が続いてしまう、慢性化させることも無意識的にやってしまいます。これはその人の能力とは余り関係ありません。「生まれてこの方、そんなことはしたことはない」人はこの世にいないでしょう。

ですので、「やってしまう私がダメ」ではなく、「誰でもうっかりするとやってしまう」という前提に立つことが大変重要です。そして「何かにっちもさっちも行かない。ドツボに嵌り込んでるんじゃないか」と氣づけたら、以下の項目と照らし合わせてみましょう。「しまった!私やってるわ」と発見できれば、ドツボから一歩抜け出す客観視ができています。

問題が堂々巡り、悪化して「ドツボに嵌る」時にやっている7つのこと

以下に問題が慢性化する時、私たちがやってしまっている7つの行動、反応、態度を挙げて行きます。これは英国の心理セラピスト、アンディ・オースティンが発見した「クロニシティ・ストラテジー(慢性化戦略)」と呼ばれるものです。

①「もし~だったら(What if)」クエスチョン

一番多いのがこの「もし~だったら(What if)」クエスチョンでしょう。「もし、彼が私に飽きてたらどうしよう」「もし、悪口を言われたらどうしよう」「もし、このまま売り上げが上がらなかったらどうしよう」等々です。

そして私たちは往々にして、この質問ではなく、自分がでっち上げた答えの方を考えています。「きっと私は彼に振られるに違いない」「あの人達に変に思われないように振舞わなければならない」「また借金するしかない。リストラに踏み切るしかない」そして「本当は望んでいないこと」に突き進んでしまう。・・・思い当たる節がある方も多いのではないでしょうか。

すぐ具体的な解決策が見つけられることであれば、一瞬「もし~だったら」が出てきても、「ドツボに嵌る」ことはありません。例えば電車が遅延して、一瞬「遅刻したらどうしよう」と湧き上がるなどです。この時人は「どうしよう、どうしよう」とばかり考えていません。「最短で何時何分に着くか」を調べ、先方に事情の説明とお詫びの電話を入れるなりします。

つまりこの時、自然と「問題から目標へ」意識を切り替えています。この場合の目標は「できるだけ早く到着し、先方に連絡を入れ、迷惑をかけないようにすること」になります。

上記3つの例も、「本当は何が望みか」に自分に質問し、問題から目標へ、しっかり意識を向け直すことが肝要です。心配性の人ほど、またいつの間にか「欲しくないこと。望んでいないこと」ばかり、頭をよぎってしまうかもしれません。それに氣づいたら「そうそう、彼と仲良くなりたかったんだ。売り上げを上げたかったんだ」と何度でも意識し直します。

また「悪口を言われたらどうしよう」は、他人の態度・振る舞いを、こちらがどうこうすることはできません。誤解が生じないように氣をつけたり、場合によっては事情や言い分を説明することはできるかもしれません。しかしそれ以上のことは、「言わせたい人には言わせておく。それでOKの自分になる」などが目標になるでしょう。

②「なぜ(Why)」クエスチョン

「何のためにそれをするのか」の目的や、事故やトラブルの原因究明のためのWhyクエスチョンは必要です。しかし、わかりようのない人の心に対して、ああでもない、こうでもないと「何故」を繰り返して自分に問うと、ドツボに嵌ります。考えなくて良いことばかり考えて、精神的なエネルギーを浪費して自分からクタクタになります。「あの人、何であんなにいけずなの!?」⇒「きっと親に愛されてなかったに違いない」「サイコパスに違いない」などです。

そして①のWhat ifクエスチョンと同様、前向きでポジティブな答えには通常なりません。モヤモヤした不快な感情の落としどころを探しているからです。

この場合、まず自分のモヤモヤに対して「何がモヤモヤしてる?何が嫌だった?」と訊いてみます。「自分を蔑ろにされた/利用された/理不尽なことをされた/と感じて嫌だった」そう感じたことを嫌だと思うのは当たり前です。よくわからない場合は、友達に同じことが起きたとして、その友達にどう言ってあげるかを想像するとわかりやすいでしょう。

自分の誤解だったり、自分の思い通りにならなかったことに、幼稚な拗ね方をしているのではないのなら、その傷つきは「感じるべきもの」です。「あの人の卑怯な態度が不快だった」と受け止められると、「卑怯さに氣づけて良かった」「卑怯なことを嫌う自分で良かった」と自己承認できます。

自分の傷ついた感情は自分のものですから、向き合い、対処するのは自分の境界線の内側にあります。そして相手のあり方は、相手の境界線の内側にあるもの。「何やいけずな人やなあ」くらいには思っても、それ以上は相手の問題、自分が相手の境界線を乗り越えず、課題の分離を一回一回していくと、「自分からドツボに嵌る」ことはなくなります。

③「たぶん」反応

「たぶん大丈夫」「たぶん良くなっている」・・ここには自覚されていない恐れがあります。問題から目標へ向かう際、試行錯誤を伴う山あり谷あり、一進一退はあって当たり前です。

これも①What ifクエスチョンの答えです。「もし上手くいかなかったら」と希望が叶わないかもしれない、そのショックを先回りして避けるために「たぶん」を付けています。

しかしこの「たぶん」があると、どの程度変化したのかがわからず、現在地があいまいになります。人が迷うのは、目的地がわからない時と、現在地がわからない時です。「たぶん」で現在地を曖昧にしてしまうと、自分から迷い続ける⇒ドツボに嵌り込みます。

この場合、目標を必ず達成できるものに細かく設定し直すと効果的です。地球の裏側のブラジルへ行けるかどうかは「さあ、わかりません。たぶんいつか行けるかも」になっても、徒歩10分の目的地なら「このアクセスマップがあれば大丈夫」になり、「たぶん」とは言わなくなります。一年後に結婚してるかどうかは「たぶん・・でもわからない」になっても、「今週中に好みの婚活パーティをネットで探し、2、3ピックアップする」は「たぶん」になりません。

④変化よりも問題を自分から探す

99%良い変化が起きていたとしても、残りの1%の問題だけに意識が向いていて、良い方の変化は無視してしまうような状態です。私たちは自分が思う以上に我がままで贅沢です。「まずは60点が取れれば良しとする。その後できることを積み上げて、70点、80点と増やしていけば良い」という発想には中々なりません。

ここで小さな実験をします。1分間、周囲に「赤い物」がどれだけあるか目で探します。1分後に目を閉じます。そして「周囲に『青い物』がどれだけありましたか?」と質問します。さて「青い物」をどれだけ覚えていたでしょうか・・・?

自分に対しても、他人に対しても、ついつい問題ばかり、変わっていないところばかりに目が行ってしまうのが世の常でしょう。「あんたは何度言っても!」そしてその時、「その人が起こした良い変化」「青い物」は、私たちの脳の中に入っていないのです。

折に触れて、まずは自分に対して「一年前よりかは良くなっている点」を探したり、「悩みの種はやはりあるけれど、以前と比べて今の状況が良くなっている点」を振り返ると、「良い変化」「青い物」を改めて脳の中に入れられます。自分に対してできないことは、他人にもできません。その人の変化は、その人自身が起こしたことです。

⑤否定的な名詞化⇒本来は状態・プロセス

「トラウマ」「毒親」「サイコパス」「うつ」「コロナ禍」等々。これらは本来状態であり、プロセスです。しかし名詞化されると、それらが「コップ」や「鉛筆」のような、変化しない物のように捉えられてしまいます。

会話の中では「トラウマ」「毒親」などの言葉を、便宜上使わざるを得ない場面もあります。一方で、それらは「状態であり、プロセスである」と考えられないと、「私に憑りついたこの厄介な物を取り除いてください」になりかねません。

中学一年の英語の授業でI have a cold.と習いました。「私は風邪を引いてます」が日本語訳ですが、直訳すると「私は風邪を持っています」です。本来、風邪を引くかどうかは、その時の自分の免疫の状態と、短時間にウイルスにどれだけ曝露したかの掛け合わせです。自分の免疫が強ければ、風邪引きさんに何人会っても風邪をひきませんし、山奥に一人でいても、裸で寝れば風邪を引きます。風邪をコップのように「持つ」のではありません。

そして風邪を引いても、どの程度の症状が出て治っていくかはプロセスそのものです。そのプロセスに合った対処方法を取れば、普通の健康体の人なら一週間から10日もあれば治ります。無理をして寝なければ長引きます。結局は自分がその時々に、どう対処するかです。

こうしたことも、頭を使って振り返ればわかるのですが、a coldという物のように捉えると、今なら「第11波がー」を鵜呑みにすると、次の項目の「被る」態度になってしまいます。風邪に限らず、全ての問題や困難も同じです。

⑥問題を「被る」態度⇒「誰かや何かが『救い出してくれる』はず」

⑤の続きになりますが、「私に憑りついたこの厄介な物を取り除いてください」が「被る」態度、即ち被害者意識になりやすいのです。

謂れのないことで傷つき、迷惑を被ることもあります。理不尽には怒りと嫌悪を感じて、拒絶しないと延々と続いてしまいます。自分の怒りや傷つきを、境界線が侵されたサインとして受け取り、「No」を適切に表現するのも私たち大人の責任です。

怒りや傷つきを、理不尽に敢然と立ち向かい、抗う原動力にするのではなく、「私は被害者だから、誰かに『救い出されて』当たり前」「この理不尽なことをしたあなたが改心するのが当たり前。何で私が何かをしなければならないの?」だと、同じことは永遠に続きます。

仮に相手に反省と改心をしてほしいと願ったとしても、それを自分の言葉で伝えなければ「察してちゃん」になってしまいます。「察してちゃん」は「かまってちゃん」のバリエーションで、第三者から見れば「どっちもどっち」になるでしょう。自分から直接言える立場になければ、しかるべき人に伝えてもらう、その働きかけは困った方がするしかありません。

⑦ノシーボ(プラシーボの反対)反応⇒「どうせこんなことやっても無駄」

プラシーボ(プラセボ)とは、偽薬のことです。新薬の治験では、新薬を投与するグループと、プラシーボ(中身は生理食塩水だったり、粉砂糖だったりします)を投与するグループに分けて経過を観察します。このプラシーボであっても、「この薬はこれまでにない素晴らしい効果がある」と信じると、症状が改善されることをプラシーボ効果と言います。

ノシーボとはプラシーボの反対で、粉砂糖の偽薬を飲むと氣分がもっと悪くなってしまいます。

⑤と⑥に関連しますが、クライアント様が「私に憑りついたこの災難をあなたが取り除いてください(高いセッション料金を払っているんだし)」の、「自分には問題をコントロールできない」スタンスだと、「こういうことから始めてみたらどうですか?」「こういう考え方もありますよ」などとこちらが提案しても、このノシーボ反応が起こります。「わかりました。やってみます」ではなく、「足立さんのせいで不快になった」反応が起きるのです。改善しようとすると、氣分が悪くなります。ある程度の年数、心理セラピーをやってらっしゃる方には経験があるでしょう。

自分が何かをして、自ら変化を起こすことそのものに恐れを抱いています。それが譬え「疲れが取れるまで寝たいだけ寝る」であってもです。どんな処方箋を渡されても「何も解決しない」と最初から決め込んでいる状態で、全く不合理なようですが、そうやってその人なりに自分を守っています。

日常の人間関係においては、色々と不満を言う相手に「ああしたら?」「こうしたら?」と提案しても「だって」「でも」「どうせこんなことやっても無駄」と返ってくるなどです。いきなり「やっても無駄」とは言わなくても、「そうですね、でも・・」という反応で返ってきます。

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これらは一時しのぎの自己防衛にはなりますが、問題は悪化するばかりで、ますます自尊感情は下がってしまいます。

①から⑦の順番にやっている。今の自分の段階は?

オースティンによれば、私たちが「ドツボに嵌る」時、この①から⑦を順番にやっているそうです。幾つかを並行してやったり、行ったり来たりもあるでしょう。

もしご自身が「にっちもさっちも行かない。ドツボに嵌ってる?」と思われたら、これらの①から⑦の特にどれをやっているか振り返って頂ければと思います。

ドツボに嵌りっぱなしにならない大原則は以下の通りです。

  • 問題から目標へ意識を向け直す。
  • 人生はプロセス。今は困難に圧倒されていても、ずっとそのままではない。
  • 不快な感情は感じ切る。「何が嫌だと感じたのか」が自分自身。
  • 道義的責任は自分にはなかったとしても、対処する責任は大人である以上ついて回る。

これらの大原則に、その都度、何度でも立ち戻ることができれば、「いつまでもドツボに嵌りっぱなし」にはならなくて済むでしょう。

【音声版・自尊感情を高める習慣・6回コース】

1回約20分、6回コースの音声教材です。

第1回 自尊感情とは何か。何故大事か
第2回 全ての感情を受け止め、否定しないことの重要性
第3回 「何が嫌だったか」を自分に質問する。目的語を補う
第4回 期待通りに成らない現実を受け入れざるを得ない時
第5回 小さな一歩を踏み出す・最低限のラインを決める
第6回 人生が変わるのは知識ではなく氣づき

第1回目は無料で提供しています。まず一週間、毎日聴き、ワークに取り組んでみて下さい。その後更に日常の中で実践してみたくなったら、6回分の音声教材(税込5500円)をご購入下さい。

🔗第1回・要約・氣づきメモ

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    生きづらい貴方へ

    自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。