⑤親からの分離・独立・心の平安とコントロールからの自由のために

絡みつく親からの分離・独立は難しくて当然

心が健全な親に育てられた子供は、親からの分離・独立の際に、当の親から足を引っ張られることはありません。勿論、何もかもスムーズに分離・独立するわけではなく、「親という壁」を子供が乗り越えて行く、そのプロセスを親自身も学びながら行われます。

子供が生意気を言う、反抗する、或いはそれまでに見せたことのない動揺を見せる、むっつりと黙り込んで口をきこうとしない、等々。親の方も戸惑ったり、腹を立てたりして当然ですが、変に物わかりの良い親を演じるより、真正面から向き合う、子供のぶつかりげいこの胸を貸すくらいの方が、子供が成長するでしょう。

「親に向かってその口の利き方は何だ!」と口では叱っても、内心では小躍りして子供の成長を喜べれば、それは「子供にとってこの家庭は、『安心して』反抗できる場だ」という成績表を、親の方がもらったということです。

有害なコントロールをする親は、子供に絡みついていないと自分が不安なので、子供の健全な分離・独立を心底喜べません。子供の選択を後からくさしたり、「あんたにはそんなことは無理だ」と最初から道を閉ざそうとしたり。子供が自分のコントロール下にいることが至上命題だからこそ、コントロールする親なのです。

健全な親の元でも、分離・独立は一波乱も二波乱もあるものです。まして有害なコントロールをする親の元では、何か不完全な、しこりの残るものになっていて当然です。子供が成人し、まして中年以降になっても、「子供は親に従って当然。意見するなどあり得ない」になっていたら、親の方が分離・独立を妨げようとしていると考えていいでしょう。

親からの分離・独立は、何よりも大切な心の自由のために不可欠です。自尊感情は責任を伴う自由を生きる、そのために大事なものであり、また自由を生きるからこそ自尊感情が高まります。

この項は、第6章と第7章の一部を扱っています。

精神的に家を出る

心が健康な親なら「子供には自分より幸せな人生を生きてほしい」と願っているものです。しかしコントロールばかりする親は、「私を喜ばせろ」とか「私をしのいではいけない」というメッセージを子供に送り続けます。

有害なコントロールをする親も口では「子供の幸せを願っている」と言うものです。親がどう言っているかではなく、子供自身が「お母さん(お父さん)は、本当に自分よりも幸せに生きてほしいと願っている」と心で受け取れているかです。

子供にたかってくる、「〇〇してやったんだから、今度はあんたが〇〇しろ(旅行に連れて行け、プレゼントをしろ、など)」と後から強要して来るなど。「そんなことを後から言うなら、最初からしてくれるな」と思ったことのある人も少なくないでしょう。親から旅行に誘われて、断れる子供などそういません。

その時点で、見返りを求めない愛ではなかった、ということです。子供は親に借りがある、「育ててやっている」姿勢がそこに現れています。前回も書きましたが、親の「○○してやってる」は、他の人にもやっています。子供に不健全なコントロールをする親が、他の人間関係は健全で尊重に満ちている、ということはありません。

そして試してみて下さい。「親よりも幸せな人生を生きる」と自分に言ってみた時、どんな反応が湧き上がってくるかを。「親よりも」という言葉に引っかかりがあるなら「親とは無関係に」とか、「親は親、自分は自分の幸せを追求する」などと言い換えても構いません。

自分にそう言ってみた時の自分を、注意深く観察してみましょう。「勿論、その通り」と思えず、何か罪悪感とか「そうは言っても・・」とか、自分にブレーキをかける声が聞こえてきたり、何かモヤモヤしたりすれば、この引用のように「私を喜ばせろ」とか「私をしのいではいけない」というメッセージを受け取ってしまったかもしれません。

この表題の「精神的に家を出る」とは、親の有害なコントロール下から出て、自分独自の幸せを追求し、生きると決めることです。まず自分が決意しなければ何も始まりません。特に日本人は、自分がどうしたいか、どうするのかを決めることを避け、ただただ自分に都合の良い環境がお膳立てされるのを待つ傾向が強いです。これでは人生のお客さんであって、自分の人生を生きていることにはなりません。

「精神的に家を出る」下準備として、前回の記事を参考にして下さい。

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分離に伴う心理的状態

有害なコントロールをする親は、子供が分離・独立しようとすることに罪悪感を植え付けていたり、或いは子供自身が自分の無力感に打ちひしがれて諦めてしまっていたりします。

分離しようとした時に湧き上がりがちな心理状態を、本書では以下の5つに分類しています。

①強い感情が生じる
罪悪感、不安、怒り、悲しみ、失望、見捨てられる恐怖、孤独、一方で舞い上がる気分など。

②強い渇望が生じる
・「この苦しみがなくなったらどんなにいいだろうか」
・「心温まる幸せな家庭を持ちたい」
・幸せな家庭や親子を見ると「自分の家もああだったらどんなに良かっただろう」
・親に対する復讐心や「借りを返してもらいたい」気持ち など

③強い不安が生じる
・「いつまでも怒りが消えないのではないか」
・「自分も子供をコントロールばかりする親になるのではないか」
・「自分は身勝手ではないのか」
・「親に『親子の縁を切る』と言われたらどうしよう」
・「精神的に自立すれば、親を傷つけるのではないか」
・「親に仕返しをされるのが怖い」 など

④心が繊細になる
親への怒りだけでなく、その親を喜ばせようとしてきた自分への怒りや、情けなさを感じたり、不健全な要求に沿おうとしてきた自分を惨めに感じるなど。そしてそれらが、不眠や、逆に起き上がれないくらい延々と寝たり、食欲不振や過食、気力の減退などを引き起こすことも。

⑤内心の葛藤が生じる
・自由を感じる⇔「どうしたらいいかわからない」という不安
・親が困れば「ざまあみろ。思い知れ」と思う⇔その自分に罪悪感を抱く
・親を許すべきと思う⇔それはできないと思う など

どんな強い感情が湧いてきても、それは子供時代から心の中に押し込まれてきたものが表に出てきているのです。イヤでも苦しくても、そういう感情が湧くということは、心の切り離しが効果を上げている証拠です。

上記のことを「通り過ぎた」人は、引用の最後の文章の意味がよくわかるでしょう。不安や怒り、失望、恨みや時には呪いさえ感じるでしょう。それは子供時代に、「そのまま感じて、表面に出しては生きてはいけない」から、分厚いマンホールの蓋をかぶせて押し込めてきたものです。

そうやって何とかサバイバルしてきた子供の自分をねぎらってあげた上で、それらを一度感じきって、外に出してしまう作業がどうしても必要なのです。自分一人では難しく感じる時は、共感性の高い、理解ある人に聞いてもらうのも良いでしょう。

適当な相手がいない場合は、「何に対して」怒ったり悲しんだりしているのか、目的語を補う質問を自分にしてみましょう。不安が強い人ほど、漠然とした言い回しになっているものです。

そして現実に起きたことの代わりに、どうして欲しかったか、それが貴方の望みです。その望みを得られずに辛い思いをしている、それが貴方だけの気づきです。

ノートやスマホやパソコンなどに、自分の思いを書く人もいますが、その場合は単なる「呪い帖」にならないよう、細心の注意が必要です。個人的には余り勧めません。後から見返すと自己嫌悪に陥ったり、自分が自分の呪いに絡めとられたりしかねないからです。文章に書くときは、「他人が読むもの」という前提で書いてみましょう。ベクトルが外に向くか、内側に向くかで結果は変わってきます。

そしてまた、自分のそのままの、特にネガティブな感情を受け入れがたい人は、まず他の日常生活の中で「不快な感情を感じることはOK(但し「いつ、誰に向かって、どのように表現する、しないは大人である以上責任が問われる」)」になる、その練習をしてみることを強くお勧めします。

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強い不安に苛まれることは次第になくなりますが、親に対する失望は消えません。失望を抱えながら生きる、諦めの見極めが上手になる、それも成熟した大人の条件であり、また誰もが当たり前にできることでもありません。

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健全な境界線を引く

上記の作業が進むと、自ずと健全な境界線を引けるようになるでしょう。健全な境界線を引くとは、親以外の誰に対してもそうですが、「自分は『いい人』ではないし、『いい人』にならなくてはならない、ということもない」がわかってこそできるものです。「いい子でなければ愛されない」が、罪悪感を抱かせる源であり、罪悪感を刺激することは、対人操作の常套手段です。

裏から言えば「『いい人』でいたい」「人から悪く思われたくない」⇔「人の目が気になる」打算があるうちは、自分から境界線を引くことは中々できません。人から簡単に操作されやすくなります。

自分の中のかなりドロドロした感情と向き合うことの意義は、「私は全然いい人じゃない」ことが腑落ちすること、その上で、「その時その時の状況において、最善と思われることをする」責任を果たしている自負を持つことです。

そして逆説的ですが、そのように生きている人が、人を見る目のある人にこそ「あの人はいい人ね」と評価されるようになります。名将は名将を知る、名人は名人を知るの諺通り、誰にでも好かれ、理解される必要はありません。

この境界線に決まった答えはありません。各人が置かれた状況に左右されます。本書では「目標は『心の平安』と『コントロールからの自由』」とされています。これら二つの目標が達成されるためなら、親からの電話に出なくてもいいし、LINEの返信をしなくてもいいのです。親子の関係は全く個人的なことなので、それこそ他人の目を気にする必要はありません。

もし、貴方のきょうだいが、貴方が親との間に境界線を引いたことを「以前とは違う」と感じ取り、心配しているようなら、適切なタイミングで話をする心づもりをしておくとよいでしょう。心づもりがあると思えるだけで、心の負担が一つ軽くなるかと思います。

安易な生き方に流されないためにも、葛藤から逃げない

10代の内ならやりやすかった親との分離を、大人の分別が着いてからやるのは難しく感じて当然です。しかしどんな人も、人生の積み残し課題をそのままにして、健全な心で生きることは不可能なようです。いつかどこかの時点で、向き合わざるを得ません。そしてそれも、早ければ良い、遅いのが悪いということもありません。心理セラピーはいつでもできるわけではなく、クライアント様の機が熟すのを待たなくてはならないのと同じです。

それでも一方で、誰にとっても人生の時間は有限であり、歳を取るにつれて気力体力は衰えますし、頭の柔軟性も鍛えなければ落ちます。いきなり親との関係性に向き合うのが大変なら、日常生活の様々な困難、葛藤から逃げずに向き合える自分を是非育てて頂ければと思います。

今の日本人は葛藤を最初から避け、目先の楽で面倒がない、安易な方へ流される傾向が余りにも強いです。それが2022年10月現在、海外ではもうマスクなどしていない、ワクチン接種もどんどん中止になっているのに、日本だけがだらだらと続いているツケとして現れているように思います。

無料ステップメール「自分を大切にする7日間のレッスン」

自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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生きづらい貴方へ

自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。