自尊感情にまつわるコラム

人と比べる人、比べない人の意識の差はどこにあるか

「人と比べまい」だけをやろうとしても

「人の目が気になる」「つい自分と他人を比べてしまう」「人をねたんだり、うらやんだりしてしまう」・・こうしたことを頭でやめようとしても、中々上手く行きません。
人と自分を比べると、劣等感にせよ優越感にせよ、どちらにしても大して役に立たない感情に自分から振り回されてしまいます。
そして常に焦りや、自信のなさに苛まされ、余り楽しくない日常を自分から実は選んで送ってしまいます。

優越感=自信という思い込みを持っていると、この「優越感=自信」欲しさにどんなに努力をしても、世の中どんな分野でも上には上がいるもの。途中で疲れ果て、やがて努力そのものが憎くなってしまいかねません。

その一方で、他人からの評価や評判をいちいち気に留めることもなく、淡々とやるべきことを積み上げ、「自分は自分で良い」「自分はやるべきことはやっている」という静かな自信に満ちた人もいます。

この両者に、能力的な差が特別あるわけではありません。

人と自分を比べない人は、比べまいと意識して比べないのではありません。自然に、意識することなくそうしています。

つい人と自分を比べてしまう人と、比べない人は、一体何がどのように違うのでしょう・・・?

能力・行動・環境(結果)に意識が向き過ぎると「人と比べる」ことに

人間の脳には、「あいまいなものを嫌い、よりはっきりしたものを好む」という性質があります。

広告業社は売りたい商品を、「より大きく、色鮮やかに、はっきりと」広告します。
「より大きく、色鮮やかに、はっきり」したものを、人間の脳は重要だと瞬時に判断し、それを好む特性を一番よく理解し活用しているのは広告業社です。

あいまいでよくわからないものを、人間の脳はそのままにしておくことはできにくいのです。
「明らかにしよう」と好奇心を持つか、恐れを抱いて遠ざけようとするか、どちらかになりがちです。

ところで、自分と人を比べる時、このニューロロジカルレベルの「能力・行動・環境(結果)」を比べています。
つまり「目に見えてはっきりとわかりやすい」ものに意識が向いています。
それより上位の、価値・信念や自己認識・使命のレベルは目には見えず、自分自身にもはっきりとは意識できていないものです。

人と自分を比べがちな人は、自分自身でおいてさえ、この「能力・行動・環境(結果)」レベルで自分を推し量っています。
だからこそ、他人の「能力・行動・環境(結果)」が気になり、比べてしまいます。

何が出来るとか(能力)、どんな仕事をしているとか(行動)、結果どんな地位や年収を得ているとか(環境)、これらは目に見えた評価を下しやすい事柄だからです。

自分自身を「能力・行動・環境(結果)」レベルのみで推し量っている限り、「人と比べてしまう」ことは止められません。

「何が大事か(価値)」「誰の何のためにそれをするのか(使命)」はその人が見つけるもの

人と自分を比べない人は、その上位レベル「価値・信念」「自己認識・使命」に意識を向けています。

  • 価値・・・何が大事か
  • 信念・・・物事はどうあるのが望ましいか
  • 自己認識・・・自分は何者か
  • 使命・・・何をするのか(行動)ではなく、その行動は誰の何のためなのか

これらは全て、目に見えません。また自分自身が発見するものであり、外側から与えられるものではありません。
そしてこれが最も肝心ですが、人と比べるものではありません。

人と比べない人は、「能力」はこれらの「価値・信念」「自己認識・使命」を実現するための手段と捉え、場合によっては自分よりも能力の高い人に「任せる」ことすらできます。

自動車王のフォードが、自分よりも能力の高い人を採用した逸話があります。彼は自分の使命が明確であればこそ、「その使命を実現するのに最も適した選択」を取ることが出来たのでしょう。

自分よりも能力の高い部下を嫉妬し、あまつさえ潰そうとする上司は、自分の使命がわかっていません。
「能力・行動・環境(結果)」レベルのみに意識が向き、振り回されてしまっています。

「能力」「行動」は「価値・信念」「自己認識・使命」を実現するための手段に過ぎず、「環境」はその後からついて来る結果でしかない、が人と比べない人の思考パターンです。

企業理念と呼ばれるものは、この「価値・信念」「自己認識・使命」のレベルから生じます。

これらを実現したいと心から願えばこそ、能力を高めようと精進します。能力を高め、行動に移す努力を放棄しておいて、「心が大事」「理念が大事」は言葉だけでそのポーズを取っているに過ぎません。
つまり心を行動に移してこそ、その人は使命に生きていると言えます。

ただし、この行動は必ずしも特別なこととは限りません。
ノートルダム修道女会の渡辺和子さんが、先輩の修道女に「その席に着く一人一人のために祈りながら、お皿を置きなさい」と言われたように、「誰にでもできる『小事』を大事にできる人」こそが、大事を成すことが出来ます。

参考:潜在意識の特徴 ⑥どのような心が込められたかを重視する

「何が大事か」は心で感じ取るもの・感性を育てることの重要性

「価値・信念」「自己認識・使命」は頭で考えてひねり出そうとすることではなく、日々の自分の心の発露です。

特に「価値」とは自分にとって何が大事か、何が価値あるものか、これは他人が授け教えることではなく、自分の心が感じるものです。

現代の日本は、大人も子供も、教育が知識・技能偏重になってしまっています。しかし人工知能のめざましい発展を見るにつけ、単なる知識・単なる技能はいくらでも人工知能に取って代わられる時代にもうなっています。

しかし個々の感性、個々の価値観は、その人個人にしか持ちえません。同じ「愛が大事」と言葉で言っても、その中身は全員異なります。これは人工知能には出来ないことです。

感性を養うと言うと、特別に映画や芸術に触れなくてはならないのか、と思う人もいるかもしれません(「忙しくて、中々そんな余裕はないし・・・」)。
確かに「優れたもの」に触れることは私たちの感性を磨きます。

しかしそのこと以上に、日々起きる出来事の中で、自分は何に心を動かされたのか、何を好ましいと思い、何が嫌だと感じたのか、これを流してしまわず向き合うこと、これが自分独自の感性を育て養います。

そこで、君は、もう一度あの「油揚事件」を思い出して見たまえ。
何が君をあんなに感動させたのか。
なぜ、北見君の抗議が、あんなに君を感動させたのか。
山口君をやっつけている北見君を、浦川君が一生懸命とめているのを見て、どうして君が、あんなに心を動かされたのか。

(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」より)

「大切なものは目には見えない。心の目で見なくちゃいけないんだ」(「星の王子様」より)

人と比べている時点で、「目に見えるもの」を見ようとしています。

勿論、自分の能力・行動を客観的に評価することも必要でしょう。しかしそれは、誰かと比べて優越感に浸ったり、劣等感に苛まされたりするためではありません。
使命を実現するために、「今自分はどの地点にいるのか」を把握するためのものです。

そしてまた、人にはその人固有の役割があります。

責任の重い立場に「なっていく人」がいます。その一方で、世間からは顧みられず、ひっそりと生涯を送る人もいます。
この世にはどちらも必要で、大切な存在です。責任の重さや職務上の困難さに応じて、違う報酬が支払われるのは当然ですが、存在の重みという意味ではどちらも同じです。

人生の終わりに問われることは、何をしたか、何が出来たかということよりも、「自分の使命・価値観に沿って、それを実現しようとどんな小さなことにもー挨拶一つ、身だしなみ一つとってもー日々心を込めたか」ということだけだと思います。

 

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