【ケーススタディ】「お前なんかいらない」親の呪縛が実現する悲劇

母親の残酷な言葉が無意識の内に実現される恐ろしさ

親の残酷な言動は、子供の自尊心を傷つけ、自己否定感を植え付けてしまうだけではありません。親の言葉が文字通り呪文となり、子供が無意識の内にそれを実行しようとすることもあります。

今回も、スーザン・フォワード「毒になる親 一生苦しむ子供」からの事例です。42歳の警察官が不必要で危険な捜査を一人で行い、度々命を落としそうになったため、自殺の危険性があるとして入院を命じられました。フォワードはたまたまその病院にカウンセラーとして勤務していました。

「市警内部で、彼は職務を利用して自殺したかったのだという噂が流れ始めた」こう噂されるということは、彼の行動が如何に無謀で常軌を逸していたかです。彼も子供の頃、母親から異常で残酷な言動に苦しめられてきたことが、グループカウンセリングを受ける中で明らかになりました。

父は母の異常なヒステリーに耐えかね、私が二歳の時に家を出て行ってしまった。母は私に対しても激しい癇癪を爆発させ、それはひとたび始まると何時間も終わらなかった。育つにつれ私が父親の面影に似てくると、母の怒りはますますひどくなった。母はよく「お前はあのろくでなしの親父にそっくりだ」と言い、ある時などは「親父と一緒に死んでしまえ」とまで言った。その後、母親に殺されてしまうかもしれないと心配した近所の人が私を施設に入れようとしたが、実現しなかった。

大人になってからは、子供時代のことなどどうということはないと思っていたが、今では母が自分を如何に憎んでいたかを考えるたびに心の凍る思いがする。

スーザン・フォワード「毒になる親 一生苦しむ子供」

母親から「お前なんかいらない」と明確に言われ、父親も幼い彼を救わずに出て行ってしまい、両親から「僕が『いなくなること』を望まれている」と強烈にメッセージされてしまったのです。「こうして彼は警察官になってから、子供の時から母が望んでいたことを無意識のうちに実行しようとしていたのである」殉職の可能性のある警察官を職業に選んだのも、その一環だったのかもしれません。

フォワードは「彼のような形の自殺願望は、こういう親を持った子供には比較的よくある」と解説しています。「親は無条件に子供を愛し慈しむ」とは、現実には「そうだったらいいよね」程度の、神話としか言いようがありません。

子供の心に内面化する親の言動

教師や友達からも、酷い言葉を言われることがありますが、親ほど強烈に心が傷つき、それが成人後も呪縛となることは通常ありません。親は子供にとっては自分の宇宙を支える存在、即ち全能の神に等しい存在だからです。他の人たちは、そこまで強烈な影響を与えません。そしてそれは成人後も変わりません。嫌がらせ目的のクレーマーなら、その時は嫌な思いはしても、「真に受けずに聞き流しておけばいい」ができても、親に対しては中々できない人も多いでしょう。

或いは逆に、「自分にとって不快な言葉には反応的に『耳にシャッターが下りる』」を身に着けてしまうこともあります。「どうせ何をやっても無駄だ」の学習性無力感の一環で、反応すること自体を先に避けようとします。「これは聞かなくていい、これは聞くべき」という判断が子供はできません。この「反応的に『耳にシャッターが下りる』」が成人後も続くと、職場で同じ注意を何度も受けても、口先だけで謝って見せて、まったく反省も改善もしないという事態が引き起こされます。

親の言葉の内面化について、他の記事でも引用していますが、非常に重要なことなので再度引用します。

人間の脳は、人から言われた言葉をそのまま受け入れ、それをそっくり無意識の中に埋め込んでしまう。これを「内面化」といい、ポジティブな概念もネガティブな言葉や評価も同じように無意識の中に収納される。すると次に、人から言われた「お前は○○だ」という言葉が、自分の内部で「私は○○だ」という自分の言葉に変換されるのである。これは子供においては特に顕著で、親のけなしや罵りの言葉は心の奥に埋め込まれ、それが自分の言葉となって、低い自己評価や人間としての自信のなさのもとを形作ってしまう。

前掲書 下線は足立による

はっきりとした暴言でなじられなくても

内面化は、このクライアントの母親のような、残酷な暴言だけとは限りません。親の態度、表情、声のトーン、話しかけた時の返事の仕方、親がどういう事柄に関心を持ち、どういうことには関心を示さなかったか(世間体は氣にするが、子供の感情や動機には無関心、など)等の積み重ねで、以下のようなメッセージが子供の無意識化に埋め込まれることがあります。

  • 「お前は私よりも優れた人間になってはいけない。私よりも社会的経済的に成功してはならない」
  • 「お前の私に対する尽力は、全く以て不十分であり、価値がない。だから愛されたければもっと寄越せ。私に奉仕しろ」
  • 「お前がどうしたいか、どう生きたいかは、私の好みや都合の範囲の中から選ばなければならない」
  • 「お前の悩みや病氣は、私にとって迷惑であり、厄介ごとだ。私を煩わせるな」
  • 「私を必要とするために、いつまでもお前は無力で不幸でいろ。自立し、私を見捨てることは許されない」
  • 「常に私に感謝し、『いい親だ』と尊敬し、そして私に逆らうな」

これらは一例であり、他にもまだあるでしょう。ご自身の「生きづらさ」に照らし合わせて、これらのメッセージに思い当たる節がないかどうか、振り返るきっかけにして頂ければと思います。特に反抗期らしい反抗期がなかった人ほど要注意です。人間の三大悩みは、お金、健康、人間関係と言われます。これらのいずれか、もしくは複数に「慢性的に繰り返されている、良くないパターン」があれば、親の言動の内面化が影響している可能性があります。

但し、こうしたことを実際に親に訴えても、「そんなことはお前の被害妄想だ」とまともに取り合わないでしょう。「一体、どうしたの?」と驚いて、子供の氣持ちを真剣に聴こうとする共感性の高い親なら、そもそもこれらのメッセージを送ったりしません。

親が明言してもしていなくても、こうしたメッセージが「埋め込まれてしまった」事実が重要なのです。

「埋め込まれたメッセージを認めたくない」葛藤

子供の方の葛藤耐性が弱いと、有体に言えば傷つくのが怖いと、こうしたメッセージを認めたくない心理が働きます。他人なら「何この人、おかしな人」と割り切れても、親には簡単に割り切れないからです。誰が好き好んで親に失望し、怒り、悲しみ、憎みたいでしょうか・・?しかしこの辛さに耐えられないと、内面化したメッセージを意識の上にのぼらせ、洗脳を解く作業は頓挫してしまいます。例に挙げた男性クライアントのように、「母親の『お前なんか死んでしまえ』を忠実に実現しようとする」、その相似形を自分がやってしまいかねません。

日本ではグループセラピー、グループカウンセリングがほとんどない状況ですが、「自分のことに向き合うのが辛くても、似たような境遇の他人のことなら客観的にわかり、氣づきを得られる」効果があるでしょう。すぐにはグループセラピーを受けられないかもしれません。しかし、例えば友人から「自分の親は、子供の自分の悩みを厄介ごと扱いする」「ウザい、面倒くさい、という態度を取って、まともに耳を傾けない」と打ち明けられたら、どう答えるかをシュミレーションすると、客観的な正しい判断を下す練習になります。

「いるよね、そういう親って。それされると子供は辛いよね。ただでさえ悩んでいるのに」
「悩む私がいけないとか、思っちゃダメだよ。向き合わずに逃げる方が、どう考えたって思いやりがないよ」
「自分の親がそうやって逃げるのって、ほんとキツイよね」

このような共感性と客観性のある言葉の引き出しが増えると、自分の視野が広がっていきます。大事なことは、人から言ってもらう以上に、自分の言葉にすることです。人から言われた言葉は、自分のアンテナに引っかからないと、脳の中には入りません。自分の言葉は自分の脳の中にある、これが大事なのです。悩みに「嵌り込む」という言い回しがあるように、客観視して視野を広げ、世界観を広げる頭の体操が、悩みから抜け出す基本になります。

また常日頃から、自分のネガティブな感情を否定せず、受けとめ、葛藤耐性を高める習慣も併せて重要です。不適切な言動に出さない自制心は持ちながら、「『良い子』でいない」意義が腑落ちするかです。

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「何故私の親はあんな風になったのか」は考えても考えなくても良い

ところで、理不尽なことが起きると「一体何で!」と脳は「落としどころ」を探そうとします。自分自身が良識的であろうと努力している人ほど、身近な人に「一体何であなたは!」と自分と同じ水準を求めたくなるものかもしれません。

見出しの通り、「何故私の親はあんな風になったのか」は考えても考えなくても良いのです。いずれにせよ、憶測の域を出ないからです。ネットや本で調べ、勉強するよりも、自分の家系を遡った方が落としどころを探すには早いでしょう。毒になる親は毒になる家系から生まれるからです。父方、母方共に、賢く思いやりに満ちた家系から、突然変異のように毒になる親が生まれることはまずありません。

ある女性は「私の母方の曾祖母は結構な毒親だった。曾祖母の子孫は、家庭が上手くいかず、離婚するか、子供が成人後実家に寄り付かないか、親を憎んでいるかのいずれかばかりだった。父方も似たり寄ったりだった。一族の中で、私だけが愛ある家庭に恵まれる方が不自然で、残念ではあるけれど、致し方ないとある程度納得できた」と話してくださいました。

大事なのは親の過去ではなく、自分の有限の人生をこれ以上親に支配されないことです。余り詳細に深追いしすぎず、「自分の家庭環境がああだったのは、致し方ない。残念で悲しくはあるけれど、氣づけないままよりかはずっと良かった」と或る程度の折り合いが付けられれば良いのではと思います。

甘く見てはいけない「内面化した親の呪縛」

このクライアントの「大人になってからは、子供時代のことなどどうということはないと思っていた」の述懐は大変重要です。他人から見れば「ええー!」と目をむいて驚くようなことでも、自分は「大したことはない」と軽視することがあります。これも「事実の否定」という心理的防衛の一環です。メンタルが強くて傷つかないのではありません。最初から矮小化し、或いは感情を麻痺させて、心が傷つかないように防衛するのです。子供の頃の、誰も助けてくれる人がいない状況では、そうやって生き延びざるを得ません。

しかし、上述したように、母親の暴言は彼の心に内面化し、成人後、無意識の自殺未遂を繰り返すというおぞましい出来事に実現してしまったのです。

このケーススタディから、私たちは「内面化した親の呪縛」を甘く見てはいけないという教訓を得ることができます。彼の最後の言葉に「今では母が自分を如何に憎んでいたかを考えるたびに心の凍る思いがする」とあります。この「心が凍る思い」ができるとは、事実の否定や、学習性無力感の心理的防衛をしなくて済むようになった証です。人間らしい感情を取り戻したと言っても良いでしょう。これもまた、他人からはわからない勇氣が必要です。

「あるがままの自分を大切にする」とは、こうした誰もあらかじめ望みはしない感情をも、自分が受け入れて行くことでもあるのです。

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