自尊感情を高める7つの習慣②「グルグル回りに巻き込まれない」構造理解

感情を受け止められたら「何が起きているのか」を見る

不快な感情を受け止める感情受容は、誰にとっても「これで終わり、完璧で完成」ということはなく、生涯に渡る習慣です。習慣化されると、段々と不快な感情を否定せず、かつ、嵌り込みっぱなしが減って来るでしょう。

感情受容の次の段階は「何が起きているのか」を見る、構造や背景を理解することです。目の前の点の現実から、時間軸を伸ばして考えたり、それに至るまでの経緯や事情、仕組みを考え、立体的に物事を捉える試みと考えて頂ければと思います。

「他人のことはよくわかる」と言われることがあります。それは一つには他人は当事者よりも感情に巻き込まれにくい分、「何が起きているのか」の背景が直観的にわかるからかもしれません。

人は感情「的」になっている時、「誰が悪い」かの犯人捜しをしたくなり、誰が悪いかが特定できたら(それが事実であっても無くても)、今度は「終わらない欠席裁判」をやりがちなものかもしれません。ですが、その場限りの鬱憤晴らしにはなっても、根本解決にはやはり至りません。

三層構造とは

ところで、物事は三つの層で成り立っていて、どの層に軸足を置くかで「見えるものが変わって来る」。これを三層構造の考え方とここでは定義します。

第一層:目の前の現実
第二層:現実を支える構造や背景
第三層:倫理観・哲学・宗教性

第一層は、誰でも感じ考えている目の前の現実そのものです。問題や日々の不平不満は、ほとんどがこの層で現象として現れます。

第二層は、第一層の現実を引き起こしている構造や背景です。「こういうことが、この現実の後ろ側で起きている」といった背景を考えたり、「これが続いたらどうなるか」の結果予測はこの層です。第二層は意識的に頭を使う必要がある層です。

第三層は、更にその上の倫理観「自分はどうありたいか」、哲学「自分はどう生きたいか」、そして倫理観や哲学を超えた「人知を超えた領域」の宗教性がこの層です。宗教性の問いは「生きるとは何か」に象徴されます。特定の宗教への信仰の有無はここでは問いません。それよりも「神の見えざる手が働く」宗教性の領域です。倫理観や哲学は自分に問うもので、頭よりも心の領域であり、宗教性は「そうとしか言えない」魂で感じ取るものと言えるでしょう。

「終わらない欠席裁判」は第一層でグルグル回っている状態

冒頭で触れた「終わらない欠席裁判」を、意識的にせよ無意識的にせよ、やったことのない人はまずいないかもしれません。人は自分の感情や責任を受け入れがたいと、その不快を他人にぶつけたり、他人にぶつけるのが怖い時は自分に差し替え、いずれにせよ「終わらない欠席裁判」を第一層の中でグルグル回ってしまいがちです。

それには、以下に説明する、万人が持つ脳の特性が関係しています。

脳の単純化⇒一元化や二項対立に陥りやすい

人間に限らず、動物は「飢餓に備えるための省エネモード」が生存戦略として本能的に組み込まれています。私たち現代人の飽食の世の中は、長い人類の歴史の中ではごく最近のことで、「次はいつ食糧にありつけるかわからない」時代の方がずっと長かったのです。

また、人間の脳は大変エネルギーを使います。成人では一日約400kcalを消費します。ご飯約2膳分を、脳だけで消費している計算です。そして脳の省エネモードのために、組み込まれた特性の一つが脳の単純化です。複雑な現実を単純化して脳に入れるという仕組みです。

その単純化の一つが一元化です。「こうだからこうだ」と他の角度から考えずに、そのまま脳に入れてしまいます。特に権威ある存在から発せられたことほど、何の疑いも無く受け入れる、所謂「鵜呑みにする」ということです。「政府やTVや会社や親がそう言っているから」「皆が世間がそうしているから」「これが常識だから」日本人は権威に従順と言われますが、従順ではなく盲従だと私には思えてなりません。

また二項対立も単純化の一つです。「快か/不快か」「安心か/不安か」「楽か/面倒か」「損か/得か」「0か/100か」「白か/黒か」二項対立も「他の角度から考える」頭の体操を飛ばしてしまい、反応的になり、そして一旦飛びついた方の答えを、中々修正しようとはしない傾向にあります。

白雪姫の継母の「盲従⇔排除・攻撃」

ところで、グリム童話の「白雪姫」の継母の王女は「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と繰り返し尋ねます。「それは王女様です」と鏡が答えれば満足し、「それは白雪姫です」と答えれば怒り、白雪姫を殺そうとします。

この継母は、人間の普遍的な姿の一つと言って良いかもしれません。

外部に正解を求め、盲従する。真実を告げられると排除し、攻撃する。TVが「コロナは怖い感染症です。罹ってはいけません」と繰り返し言われると盲従し、「いや、季節性インフルエンザと大して変わらないし、もっと怖い感染症は昔からあるじゃん。それなのに、今までこんな過剰な感染対策なんかやってなかったし、充分な治験が通ってないワクチンを、全国民に税金で打ちまくるなんておかしいよ」と、疑問を呈した人たちが排除され、攻撃されたのと相似形です。

脳の単純化は、「不快な事柄を直ちに排除したい」に傾きやすいのです。攻撃しない場合は「人それぞれ自由でいいじゃん」の、一見尊重を装った「思考停止の自由主義」に転じることがあります。

もし鏡が「世界で一番美しいのは白雪姫です」と答えても、継母が盲従せず、「それはあなたの主観でしょう?確かに白雪姫には若さの美しさはあるけれど、私には歳を重ねた女性ならではの魅力があるわ」と自分で判断を下せば、白雪姫を攻撃する必要はなくなったでしょう。自分の感性や思考、判断を信じていなかった、白雪姫の継母の物語は、形を変えて現代の社会にも転生し続けている、それをまざまざと見せつけたのが2020年からのコロナ騒動だったと私は考えています。

「これって何が起きているの?」のWhatの質問

上記の「第一層でグルグル」から抜け出すためには、第二層の構造や背景を理解する必要があります。具体的には「これって何が起きているの?」のWhatの質問を自分にします。この時、Why「何故」の質問が自然に出るかもしれません。脳は理由を欲しがり、落としどころを探す習性があるからです。しかしWhyの質問はともすると、「あの人がわからず屋だから」「私が馬鹿だから」の非難や、「こんなご時世で仕方がないから」などの「やらない言い訳」になりがちです。

Whatの質問の方が、「利害損得や感情の絡まない第三者のように」観察するのに適しているでしょう。

このサイトの「親との葛藤」のカテゴリーで、親子関係に悩む人向けに様々な記事を載せています。これも、構造理解の一助のためであって、「私は毒親育ちだから仕方がない」の免罪符のためではありません。「私は毒親育ちだから仕方がない」をやれば、第一層でグルグル回りっぱなしになってしまいかねません。

それよりも「これと相似形のことが、私の親子関係でも起きていたんだろうな。だから苦しかったのか」と過去を整理し、理解する。その上で「では、今後はどうしていくのか」を考えるきっかけの一つを提供しています。

「私は毒親育ちだから仕方がない」の「レッテル貼り」が第一層でグルグル、「理解した上で、具体的にどうしていくか」の「傾向と対策」が第二層の構造理解、このように区別して頂くと、整理できるかもしれません。

「ご事情了解いたしました」小さな構造理解の成功体験

私たちの日常の言い回しで「視野を広げる」がありますが、これは知識情報を得るというよりも、この構造理解と捉えた方がより実践的かもしれません。あらかじめ望まないこと、思うに任せないことは私たちの日常に多々起きますが、その際「ご事情了解いたしました」になれば納得でき、受け入れやすくなります。

例えば、まだ経験の浅い人が営業さんに叱られると、「酷い!あんな言い方しなくたって!」などと反応的になり、怒ったり落ち込んだり、自分を否定されたように取ってしまうこともあるでしょう。「営業さんはお客さんの代理で怒っている。それも営業さんの責任であり、仕事の一つ」と捉えられるようになると、「こちらのミスで、迷惑をかけてしまった。営業さんだって、本当はこんなことで怒りたくはないんだ」とわかってきます。これも構造理解の一例です。

また、「今は慢性的なドライバー不足の上に、セール期の需要急増で配達がいつもよりも日数がかかる」と事情がわかれば、通常は「そうですか、仕方がないですね。お待ちしています」になるでしょう。どうしても急ぎの場合は、別の手立てを取る必要が出ますが、それも背景がわかった上なので、納得はしやすい、といったことです。

エクササイズ:小さな「ご事情了解いたしました」の経験を探す

「構造理解とは何か」を実感するために、最近起きた「ご事情了解いたしました」の事例を探してみます。上記の「ドライバー不足のための配達遅延」に類似したこととイメージできるとわかりやすいかもしれません。また、こちらから事情を説明して、相手に納得してもらった例でも構いません。

建設的な解決のためには、目の前の点の現実だけを「どうにかしろ!」と言っていても埒が明きません。そのもう一段上の構造や背景に焦点を当てると、別の選択肢を考えられたり、こちらの忍耐が必要なことであっても、納得できて受け入れやすくなります。その意義を再確認するためのエクササイズです。

感情受容と理性的な整理

上記のエクササイズの例は、こちらの責任や、感情的な軋轢は余り問われない事柄だったと思います。つまり、殆どの人が余り意識はせずに、自然にやれている事柄です。

身近な人間関係などもっと根の深い感情が絡むことや、自分の責任を問われることだと、多くの場合、第二層に昇れずに第一層でのグルグル回り「あの人が悪い!」「何であんなことするの!このわからず屋!」「だってみんなが・・」「どうせ私が」に陥ってしまいます。

だからこそ、「自尊感情を高める習慣①不快な感情を受け止める」感情受容が基礎中の基礎になります。感情を受け止める器が大きければ大きいほど、第二層に昇りやすく、小さく脆ければ脆いほど、第一層でグルグル回りから抜けられなくなります。

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感情受容が或る程度できていても、根の深い事柄だと理性的な整理に時間がかかることも当然あります。場合によっては、自分よりも見識の高い人に適宜相談することも、その整理のために必要になるでしょう。その相手は先輩や友人だったり、時には「これまで関係を持っていない専門家」の方が話しやすいこともあるでしょう。

構造理解が進むと、「困った相手」に交渉や主張、立場によっては注意や叱責をしても、自分が感情的に巻き込まれにくくなります。例えば「今の若い人達は、私たちの頃とは全然違う環境で生まれ育っている。彼らは彼らなりの大変さを抱えているのだし、まず『違う』という前提で向き合う」などといったことです。

つまり構造理解には、感情受容と理性的な整理が必要なのですが、これは職場訓練でも或る程度身に着けられます。職場では自ずと感情をコントロールしたり、トラブル防止のためにその原因となった背景を考えるなどの訓練を積むからです。

しかし、職場は個人の内面に深く立ち入る場ではありません。職場のスキルと、その人が人間として成熟しているかどうかは必ずしも比例しないのです。

責任の拡張「自分の選択が他者や子孫にも影響する」が第二層へ昇る鍵

先に「自分の責任を問われることだと、多くの場合、第二層に昇れない」と書きました。第二層に昇り、更に人間としての成熟を果たすには、その人が責任をどのように捉えているかが最も大きな鍵となります。

「言われた通りに、皆がやっている通りにしておけば、責任を果たしたつもりになる(だから私は非難されない)」と実際には自分の選択責任ではない、外部の基準に依存し狭く捉えるか、「自分の選択が、他者や子孫にも影響する」と内部の選択責任で幅広く捉えられるかです。「この世に他人事はない」とか、「我が子に起きてはならないことは、よそのお子さんにも起きてはならない」という言葉に、反論する人はほぼいないでしょう。しかし、それを自分の判断選択に反映するかどうかには、大きな断絶があるのです。

責任の拡張「自分の選択が他者や子孫にも影響する」を真に自分の生き方にした人が、時には「第一層でグルグル」になりかかることはあっても、比較的早く第二層に昇ることができる、そのように私は観察しています。

【音声版・境界線とは「No」を言うこと・流されない生き方のために】


【このような悩みを抱えている方へ】

・適切な「No」を言えるようになりたい。迎合したり、操作されたくない。自分の意志で人生を生きたい。
・流されてしまったことに後悔している人。「もうあんなことは繰り返したくない。自分の子や孫に、同じ過ちを犯してほしくない」「どうやったら流されずに、勇氣を持って断れるようになるのかを知りたい」

【音声教材を聴くことによって得られる効果】

・何故「No」を言うことが大事なのかが再確認でき、やりやすいところからチャレンジできる。
・「No」を言うために必要なこと、限界設定、責任、結果予測、選択肢を増やす等、「遅い思考」を鍛える意義がわかる。
・親に反抗できなかった人は、親(大人)の言いなり良い子になることをやめる決意ができる。自分と親の関係性を見直すきっかけにできる。
・日常の中で小さな「No」に躊躇しなくなり、「他人にどう思われるか」ではなく「自分がどうしたいか」「何が責任を果たすことなのか」で物事を取捨選択し、たとえ結果が思わしくなくても、「自分が選んだ」ことそのものに対しては自負を持てる。

【全6回のテーマ】

第1回  結果を負うのは自分しかいない。「No」を言わなければ「Yes」と言ったと見なされる (約17分・無料で公開します)

🔗第1回 要約・氣づきメモ

第2回 「No」を言いづらい時、何を恐れているのか (約17分)
第3回 「人は安心の名の下に自由を手放す」責任と結果予測 (約14分)
第4回  速い思考と遅い思考・現実を見ることと選択肢を広げること (約18分)
第5回  思春期の頃、親に対して「うるせえ!クソジジイ!クソババア!」と言えましたか? (約15分)
第6回  境界線の内側には良いもの、外側に悪いもの・境界線は真の自由と自立のために (約16分)

5500円(税込み)振込み手数料はお客様負担になります。

まず第1回を試しに聴いて頂き、ワークに取り組まれた後、「もっと勉強して実践したい」方は、以下のフォームにてお申込みくださいませ。
振込先の銀行口座をメールにてご案内します。お振込み確認後、URLとパスワードをメールにてお知らせいたします。

もし、お申し込み後2、3日経っても、弊社からのメールが届いていない場合は、受信メールのゴミ箱に入っていないかご確認くださいませ。
やはり届いていない場合は、大変お手数ですが、弊社へメールかお電話にてご連絡くださいませ。


    ※「音声版・自尊感情を高める習慣」のご案内は、こちらのリンクをご覧ください。
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