「自分だけは大丈夫」の正常性バイアスと「この世に他人事はない」

同調圧力を跳ね返す胆力は自分しか養えない

コロナの嘘に引っかからなかった人、未だに騙されたままの人、茶番とわかっていてもワクチンを打ってしまった人、この世の全ての人が岐路に立たされ、そしてその人ならではの選択をして今があります。例外はありません。

判断能力が未発達な子供や、認知能力が著しく落ちている高齢者は情状酌量しなくてはなりませんが、少なくとも日本の現役世代は全て自己責任と言えるでしょう。今の日本では、海外のように警察や軍隊にむりやり押さえつけられてワクチンを打たれることはありません。

「同調圧力で職域接種に応じた」と言う人もいますが、SNS上では「職場で打ってないのは私だけ」のコメントも多いです。つまり、打たなかったところでその人たちは職を失ったわけではなく、あからさまな左遷があったわけでもなく、これまで通りの仕事をしています。

コロナワクチンを打てば死にます。心あるお医者さんがこっそり生理食塩水に差し替えてくれてない限り。すぐ死ぬか、2年後もしくは5年後なのかの違いだけです。死ねば仕事も立場もありません。

同調圧力とは「だってみんなが」の体のいい言い換えです。そしてそこには、いかにも自分の選択ではないかのような責任転嫁と被害者意識、そして自己欺瞞があります。生き抜くためには同調圧力を跳ね返せる胆力を常日頃から養っておかなければ、ちょっとした嵐で簡単に押しつぶされてしまいます。その胆力を養えるのもまた、自分しかいません。

職場や学校で事実上強制されたとしても、それは完全に違法行為であり、裁判に持ち込めば必ず勝てます。裁判まで起こさなくても、職場なら労働基準監督署、学校なら法務局に相談する、それでも応じなければ職場や学校を変える。日本は幸いにも失業保険がある国です。他にも調べれば公的な貸付制度もあります。その程度のことはやらなくては自分も家族も守れません。

高齢者であっても洗脳されず、デモに参加している人もいます。子供もそうです。何が判断・選択の決め手になったのかは、複数の要素がありますが、中でも正常性バイアスと、「この世に他人事はない」とどこまで腑落ちしているかが大きいでしょう。

目の前で人が倒れても接種を止めない「正常性バイアス」

正常性バイアスとは災害等の「予期せぬ想定外の事態」を、「正常な」日常生活の延長と捉えること、そして「自分だけは大丈夫」と思い込むことです。ここにも脳が自分を騙す作用が働いています。あるがままに物事を見るのが如何に難しいか、うっかりするとどんな人もその罠にはまってしまいます。責任ある大人である私たちは、これを何重にも肝に銘じる必要があります。

接種会場で、目の前でワクチンを打たれて倒れている人がいても、接種を止めようとしない人たちの様子が、SNSで出回っていました。また、どんなに接種後の死亡や重篤な後遺症の記事を読ませても、接種を止めないのも同じです。まして、接種後一見何も変わらないように見える人が多いと、「自分も大丈夫だろう」とまた思い込んでしまいます。

ワクチンを打っても、もし「自分だけは無事で守られる」のなら、知恵を振り絞り、抵抗して戦うより、打ってしまった方が気が楽なのでしょう。本当にコロナに罹るのを恐れていたのではなく、本音はそんなところなのかもしれません。成人しても「親や大人の都合の良い子」のままだと、最初から抵抗しようともしない、考えさえもしなかったかもしれません。

「怖いから考えない」の裏には「誰かが何とかしてくれる」

正常性バイアスが働くと、脳のストレスが減ります。逆から言えば、ストレス耐性が弱ければ弱いほど、正常性バイアスが起きやすくなります。

コロナの嘘、そしてワクチンの実態について調べた人は打ちません。そして調べない人は、調べるのが面倒くさいと言うより、「怖くなるから調べない」だそうです。「怖いから考えない」のも同じです。

「怖いから考えない」が引いては「平和ボケ」「お花畑で眠っている人」「善人の無関心」になっています。日本人の特性である気持ちが優しく真面目なだけでは、何の解決にもなりません。

そしてまた、そこにはストレス耐性の弱さと表裏で、「誰かが何とかしてくれる(はずだ)」という依存心があります。「誰かが何とかしてくれる」と思っていなければ、子供たちがことごとくワクチンを打たれたら日本民族は滅ぶかもしれない、そうした状況がもう目の前に迫っているのに、「怖いから考えない」はありえません。これは人間独特のものでしょう。

野生動物に「自分だけは大丈夫」「誰かが何とかしてくれる」はない

野生動物に「怖いから考えない」はありません。そんな動物はあっという間に天敵の餌食になります。草食動物など弱い種であればあるほど、危険を察知したらまず耳をそばだて、周囲を見渡し、鼻を効かせ、五感をフルに使って現状を認識しようとします。

そしてある瞬間から全速力で駆け出して逃げます。「自分だけは大丈夫」とボーっとしていません。「誰かが何とかしてくれる」もありません。頼れるのは自分だけ。人間は余りに高度な文明社会を築いたせいで、野生の厳しさをすっかり忘れ去っているかのようです。

「自分だけは大丈夫」に潜むナルシシズム「自分は特別な存在」

「自分だけは大丈夫」の正常性バイアスは、脳の負担を減らすためと言われています。しかし私はそれだけではなく、これにも人間特有のナルシシズムが潜んでいると考えています。

「自分『だけ』は大丈夫」とは「私はあの倒れた人とは違う」、つまり「自分は特別な存在で、(何の根拠もなく)守られるはずだ」ということです。

シンデレラやウルトラマンや、果ては水戸黄門のように「スーパーヒーローが自分を窮地から救い出してくれる」物語が大衆受けするのは、人間の心に根強くあるナルシシズムを満たしてくれるからでしょう。

ナルシシズムとは、「ほれぼれとした自分でなければ愛せない」「痛みが伴う汚れ役を買わずに、地道で終わりのない努力もなしに、人から称賛されたい、評価されたい」と願うことです。

人と比べて一喜一憂するのも、ナルシシズムを脱しない限り続きます。自分はそう大したことない、その代わり自分という個性は唯一無二であると思えていれば、他人と比べたりはしません。

「ワクチン打った?」と訊いて回ったのは、本当は危険性を「知っていた」から

正常性バイアスとは要は自分をごまかしていることです。「自分だけは大丈夫」は、裏を返せば「危険な目に遭う人もいる」と心のどこかでわかっていればこそです。

打った人の多くが、他人に「ワクチン打った?」といちいち訊いて回っていました。それは自分の不安を打ち消すため。「私も打ったよ」という答えが欲しいだけで、ノーマスクを貫いている人には初めから訊きません。「打つわけないでしょ」とは聞きたくないのです。

つまり本当は「知っていた」のです。このワクチンは怪しくて危険なことを。インフルエンザワクチンでいちいち何人もの人に「もう打った?」と訊いて回る現象は起きません。滅多なことで人が死んだり、就労不能になるような重篤な後遺症は現れないからです。

SNSで「打ってきました」アピールをするのも同じです。

真実を誰でもなく自分自身が訴えてくれていました。その自分を裏切って、誤った選択をしたことを認めたくない、顔を背けたくて訊いて回るのです。

また「もう打った?早く打ちなさいよ」と言う人は、人を大事に思ってはいません。仮に自分は打つべきだと心底思っていたとしても、ワクチンを打つ打たないは、徹頭徹尾その人の自由意志によるものです。そして健康管理はその人自身がしなければなりません。「ワクチンを打たないあなたのせいで、私がコロナに罹ったらどうしてくれる」は責任転嫁もいいところです。

そして人に勧めるからには、相手が亡くなったり病気になったりした時には、責任が生じます。気軽に「打った?まだなの?」とプレッシャーをかける方は、そんなことを爪の先ほども考えてはいないでしょう。そこにその人の浅薄な人間観が現れています。

他人に起きたことは自分にも起きうる・この世に他人事はない

「自分だけは大丈夫」の反対は、「他人に起きたことは自分にも起きうる」です。こんな当たり前のことを、人は中々受け入れられません。「まさか自分がこんな目に遭うなんて」は、この受け入れがたさの現れです。

コロナの嘘やワクチンの危険性を、どんなに怖くても、不安になっても調べた人は、「この世に他人事はない」ことを人生のどこかで学んでいたのでしょう。

ですから、日本よりも激烈な人権侵害が起きている海外の事情を「他人事ではない」と感じ取れます。「今は日本は憲法で基本的人権が守られているから、このようなことは起きていないが、憲法が改悪されたら同じになる。この騒動を仕掛けた側はそれを起こしたい」と直観でわかるのです。

私は共感能力とは、単なる同情や、気持ちの優しさではないと考えています。

この世に他人事はありません。それは言葉で説明してもわかりません。それぞれがお腹の底から感じ取る、体得するものです。そしてまた、気持ちの優しさなどの持って生まれた性格とは別の次元のものです。

小さな幸せを感じ取り、当たり前と思わずに感謝できることも重要です。その意味においては、どんな状況においても、だれでも幸せを感じ取れるはずです。

それと同時に、「この世の誰かが理不尽な目に遭っている限り、自分も本当は幸せではない」と思えること。「自分や自分の家族だけが、恵まれた生活をして満足できていればいい」のではありません。

子供たちがマスクを強いられ、給食は黙って食べろと言われ、学校行事が次々と中止になり、二度と戻ってこない貴重な子供時代をこんな愚かな環境の中で過ごさなくてはなりません。それがもう二年近く続いています。自分がもし今子供時代を生きなければならないとしたら、どんなに惨めで理不尽か、そして失われた時間はもう戻りません。

子供の自殺が二年連続で戦後最悪を記録したことさえ「他人事」と思える人、何か自分にできることをしようとしない人ーたとえ「外せるところからマスクを外す」であってもーには、真の共感能力はありません。人間の本音は常に行動に現れます。

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「なぜ私たちではなく、あなたが?あなたは代わって下さったのだ」

「生きがいについて」神谷美恵子

この世に他人事はなく、自分の身にも充分起き得ます。それが生き方となって初めて、「自分だけは大丈夫」の正常性バイアスの罠から抜けられるのだと思います。

【音声版・境界線とは「No」を言うこと・流されない生き方のために】


【このような悩みを抱えている方へ】

・適切な「No」を言えるようになりたい。迎合したり、操作されたくない。自分の意志で人生を生きたい。
・流されてしまったことに後悔している人。「もうあんなことは繰り返したくない。自分の子や孫に、同じ過ちを犯してほしくない」「どうやったら流されずに、勇氣を持って断れるようになるのかを知りたい」

【音声教材を聴くことによって得られる効果】

・何故「No」を言うことが大事なのかが再確認でき、やりやすいところからチャレンジできる。
・「No」を言うために必要なこと、限界設定、責任、結果予測、選択肢を増やす等、「遅い思考」を鍛える意義がわかる。
・親に反抗できなかった人は、親(大人)の言いなり良い子になることをやめる決意ができる。自分と親の関係性を見直すきっかけにできる。
・日常の中で小さな「No」に躊躇しなくなり、「他人にどう思われるか」ではなく「自分がどうしたいか」「何が責任を果たすことなのか」で物事を取捨選択し、たとえ結果が思わしくなくても、「自分が選んだ」ことそのものに対しては自負を持てる。

【全6回のテーマ】

第1回  結果を負うのは自分しかいない。「No」を言わなければ「Yes」と言ったと見なされる (約17分・無料で公開します)

🔗第1回 要約・氣づきメモ

第2回 「No」を言いづらい時、何を恐れているのか (約17分)
第3回 「人は安心の名の下に自由を手放す」責任と結果予測 (約14分)
第4回  速い思考と遅い思考・現実を見ることと選択肢を広げること (約18分)
第5回  思春期の頃、親に対して「うるせえ!クソジジイ!クソババア!」と言えましたか? (約15分)
第6回  境界線の内側には良いもの、外側に悪いもの・境界線は真の自由と自立のために (約16分)

5500円(税込み)振込み手数料はお客様負担になります。

まず第1回を試しに聴いて頂き、ワークに取り組まれた後、「もっと勉強して実践したい」方は、以下のフォームにてお申込みくださいませ。
振込先の銀行口座をメールにてご案内します。お振込み確認後、URLとパスワードをメールにてお知らせいたします。

もし、お申し込み後2、3日経っても、弊社からのメールが届いていない場合は、受信メールのゴミ箱に入っていないかご確認くださいませ。
やはり届いていない場合は、大変お手数ですが、弊社へメールかお電話にてご連絡くださいませ。


    ※「音声版・自尊感情を高める習慣」のご案内は、こちらのリンクをご覧ください。
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    生きづらい貴方へ

    自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。常に等身大の、それ以上でもそれ以下でもない今の自分から出発します。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。