コロナワクチンを打たないよう、家族・友人に説得したが聞いてもらえなかった方へ

新型コロナ騒動のインチキとワクチンの危険性

このページに辿り着いた方は、既に新型コロナ騒動のインチキぶりと、コロナワクチンの危険性について熟知していることでしょう。
ですので、ここではあえて繰り返しませんが、参考までに以下のリンクを貼っておきます。

目覚めてる庶民(自頭2.0)のブログ

コロナ騒動とその周辺の出来事が的確かつ分かりやすく書かれています。 細川先生FBからの転載ですが、元の文章は松浦洋江さん…

説得する方は命がけ、でもその本気を邪険にされた辛さ

ワクチンを打ってほしくないのは一番は家族、そして友人や恋人、知人など。少しでも気づいて思いとどまってほしいと、説得する方は命がけです。

しかし、「陰謀論」とか「頭がおかしい」とか端から邪険にされたり、相槌は打つけれど真面目に聞いてもらえず、結果引き留められなかったケースの方が多いようです。「にわかには信じがたいけれど、どういうことか説明してほしい」と相手が質問したケースは、私が知る限りでは皆無です。

かろうじて説得に応じたのは「本当に理解して」というよりも、老親が「子供に依存しないと自分の生活が成り立たない」ためにしぶしぶ応じたのが真相のようです。

元々ワクチンを打つ気のない人は、人から言われる以前に、自分でうさん臭さに気づき、浅い深いはあれど、自分で情報収集しています。

騒動が始まって一年半以上たつのに、そうしたことをやっていないのは「TVを見て知った気になっている。それ以上のことをやる気はこれまでも、今後もない」ということです。「以前に説明したのに、また元に戻ってる」そんな経験を何度もされた方も多いでしょう。

説得する方は命を守りたくて伝えようとします。他のことなら「相手に失敗させるのも学習の内」と構えていられても、命は一つしかありません。

それを真剣に受け止めてもらえず、「打ったら終わり。プラセボ(生理食塩水)でなければ2年以内に死ぬ」とわかっていればこそ、その無念は如何ばかりでしょうか。この悔しさは同じ経験をした人でないとわからないでしょう。

このパターンは今に始まったことではない

誰も予想だにしなかった、前代未聞のことが起きています。ですので、この「説得しきれなかった無念」をどう癒していくか、あらかじめ決まった答えはありません。また関係性や経緯によってケースバイケースになります。

ただ、両者の間に起きたことは、決して「今に始まったこと」ではありません。何度も繰り返されたパターンのはずです。

或る中年の娘さんが、コロナの嘘は元より、TVの偏向報道について昔から熟知していたので、高齢の母親に縷々説明をして「ワクチンは打たない」約束を取り付けていました。二人は離れたところで別々に暮らしています。

ところが母親は娘に内緒で、娘を裏切って、ワクチンを打ってしまいました。近所のおばさんの同調圧力に負けてしまったとのこと。娘は余りにも情けなく、どう気持ちを整理して良いかわからなかったそうです。

母親は本当に娘の説明を理解し、心から同意していたわけではないのでしょう。「2年以内に死ぬ」ことが腑落ちしていれば、そして娘の「母親にこんなことで死んでほしくない」切なる気持ちがわかっていれば、近所の人にあれこれ言われて困っても、「どう切り抜けたらいい?」と娘に相談したことでしょう。

恐らく、母親は「その場その場でどちらにもいい顔をし、目先の自分にストレスがかからない方を選ぶ」パターンがあったのではと推察できます。

そして「子供の心情よりも世間体を優先する」パターンは今に始まったことではないでしょう。世間体とは、「真に何を大事にするべきか」を自分に問うことをせず、「どちらが目先の不快を避けられるか」に自ら振り回されるということです。自己保身に過ぎないのですが、結果的に誰も自分に責任を取ってはくれない虚像に屈してしまいます。どんな親も、口先では「世間体より子供が大事」と言うでしょう。しかし行動がその人の本音です。

「どちらが今の自分にとって面倒ではないか」という動機ですから、視野は狭くなりっぱなしです。長期的な判断(2年後の生死)や、「大勢の日本人が2年以内に死んだら社会がどうなるか」などは考えてないでしょう。

こうしたパターンは今に始まったことではなく、数十年前から、何度も何度も繰り返されていたはずです。そしてこの選択のパターンは無意識のものであり、他人がどうこうできるものではありません。

今回のことだけではなく「過去にも同じパターン(子供の心情より世間体を優先する等)があったな」と発見できると、「相手(この場合は母親)のパターンがそれを引き起こした」と課題の分離がしやすくなります。

どんな場合でも、真の分離は難しいものです。相手を助けたい気持ちが強いと却って「もっとああできたんじゃないか。こうすればよかったんじゃないか」と自分を責めたり、「わかってくれなかった相手」をただただ責めたり、出口のない苦しみに苛まれてしまいかねません。

相手は貴方の嘆願よりも別のものを優先した

上記の例は、別居の高齢の親のケースです。相手が配偶者や子供だと、年齢にもよりますがまた別の問題が起きるでしょう。殊に同居の場合はスパイクたんぱくの伝播の被害があります。この被害を避けるには、根本的には別居するしかないでしょう。

(スパイクたんぱくの伝播を「知っていても」接種する人を、私は信用しません。伝播について、にわかに信じがたいのは誰でも同じです。時間をかけて情報収集する手間を惜しみ、他人に害を加えるだけでなく、自分の体内に毒が充満するためであることを、理解できないのは余りにお粗末です。自分の目先の気休めしか考えていない、本当のところで自分も他人も大事にしていないと判断します)

いずれにせよ、相手がだれであれ、相手は貴方の嘆願よりも別のもの(周囲との軋轢をとりあえず避けたい、「ワクチン打てば大丈夫」という根拠のない気休め、等)を優先したのは事実です。

この時「いったいなんでなの⁉」と相手の理由をあれこれ考えたくなるのが人情ですが、本当のところは本人にすらわからないでしょう。「だって・・」の言い訳が出るのが関の山です。悔しい気持ちはそのまま受け止めつつ、「相手との関係性を、今後どうしたいか?」と自分の選択のための質問にするのが、堂々巡りから抜け出すコツです。

貴方の命がけの嘆願を、真摯に受け止めなかった相手と、今後どこまで、どのように付き合うのか。それは自分にしか決められませんし、自分が決めていいのです。

子が親を愛し「元気で幸せでいてほしい」と願うのは本能

ワクチンの件に限りませんが、子供は親を一途に愛します。その愛は、他人への共感や尊敬で、関係を築こうとするのとは異なります。

哺乳類は子が親に100%依存しないと生きていけません。ですから「子が親を慕う」のは人間のみならず他の哺乳類にも見られることです。生存のための、遺伝子に組み込まれた本能と言っていいでしょう。

命がけで説得しようとしたのは、それまでの関係性が悪くなかったからです。既に決裂していれば、こんなことを最初からしません。肉親への説得が果たせなかった後、遠い他人のように割り切れないのは、本能は消えないからです。だからこそ、葛藤が生じます。

「これは本能であって、理性で選択したのではない」「遺伝子に組み込まれた本能だから、消えないのは当たり前」と受け止められると、本能そのものを押さえつけたり、消そうとしたりしなくてすむかもしれません。本能を押さえつけようとすると、必ず無理が生じます。

ところで、配偶者の場合は元は他人ですが、情が絡むので簡単には割り切れないでしょう。感情は本能と直結していますので、無理に押さえつけず、「簡単に割り切れないのは当たり前」とそのまま受け止めた方が、エネルギーを無駄にしないかと思います。

家族・肉親を止めきれなかった悲しみは、なかったことにせず、きちんと悲しむことが大切です。

本能も感情も理性も、人間にはどれも大事です。「理性的でありたい」人の中には、本能を軽視し、感情を抑え込もうとする人もいますが、これは誤解と言っていいでしょう。本能が弱れば危機察知能力は働かず、どんな動物も死にます。本能や感情が健全に機能してこその、理性的な判断です。

洗脳される方は「TVが」「みんなが」「世間が」・洗脳を防げるのは疑い調べる自発性のみ

ワクチンを言われるがまま打ってしまうのは、TV洗脳されているからですが、洗脳されなかった人は、この騒動の早い段階で「これはおかしい」と気づき、自分で調べた人です。自分で調べようとしない人に、あれこれ説明して、その時はわかってもらえた風でも、すぐにまたTV洗脳されてしまいます。

TVによる洗脳がなければ、このコロナ騒動は起きませんでした。しかし全員が全員、洗脳されたわけでもないのです。高齢者でも、洗脳されなかった人はいます。

TVの洗脳の手法は筋金入りです。人間がいかに恐怖に弱く、また権威に従順かを知り尽くしています。TVは恐怖と権威の演出に腐心し、そして「最も肝心なこと」は決して報道しません。PCR陽性者を感染者と偽っていること、PCRはコーラでもビールでも陽性反応が出ることは決して言わないのです。

洗脳されなかった人は、「TVが言っていることではなく、事実は何か」をまず確認した人です。以下のリンクの統計グラフを見れば、そしてインフルエンザや肺炎など、他の感染症と比べれば、「社会活動を止めるほどの、国民ほぼ全員に治験中のワクチンを税金で打たねばならないほどの感染症ではない」ことはひと目でわかります。

日本国内において現在確定している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の状況を厚生労働省の報道発表資料からビジュア…

洗脳された人は、おおざっぱに言えば「権威がありそうな他人が『これが正しい』と言ったこと(無症状なのにマスクを終日させる、ソーシャルディスタンス、過度な消毒等)」を、自分で検証せずに盲信する、そして「自分は正しいことをやっている」と信じ込む人です。

人は誰でも「自分は正しいことをやっている」と思いたい誘惑があります。自分を責めがちな人は、根底には「自分は正しいことをやっているはずだ」という思い上がりがあり、だからこそ、いつもそうはできない自分を責めています。うまくいかなかった時に真に反省するのは実は難しいのです。

そしてまた、自分が調べて検証し、「これが正しい」と判断を下すのは責任が生じます。誰か別の、権威がありそうな人が「これが正しいよ」と言ってくれたことに従えば、自分は責任を負わなくて済みます。「だってあの人が(TVが、会社が、みんなが)こう言ったから、こうしてるから」の責任転嫁がずっと楽です。この幼稚な詐欺がいつまでたっても終わらないのは、騙される側の権威主義と責任転嫁にも原因があります。

「権威がありそうな方(TV、政府自治体、専門家、世間、会社、みんな)へなびく」生き方をしている人が、権威を感じない身内の言うことに耳を傾けないのは道理と言えば道理です。その上「他人と違って、身内は自分を見捨てないだろう」という甘え、思い上がりがあります。

もっとも、こうした「権威がありそうなもの」は幻想にすぎません。洗脳されなかった人は、権威になびくことの無意味さが生き方になっている人でしょう。

そしてこのサイトの中で繰り返し書いていますが、「だって」をやっている間は、自尊感情は決して高まることはありません。

「生老病死」を自明の理とするか、「ワクチンさえ打てば元の暮らしに戻れる」と信じるか

そもそもワクチンは「嫌なことをあらかじめ手っ取り早く取り除きたい」人間のエゴに付け込むものです。地道で終わりのない予防、免疫力を上げる生活習慣や、「罹った時は罹った時」という腹を据える方が、継続的な努力と自発性が要ります。つまりワクチンは「あなた任せ」で、楽なのです。

ワクチンにしがみつく人は「生老病死を自明の理とする」生き方になっていないのでしょう。生老病死を自明の理とするとは、良寛の「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬがよく候 是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候」と通じています。病気も災難もない人生などどこにもありません。

子供でさえ少し調べればわかるコロナの詐欺に気づき、マスクも消毒も拒否して、自分から以前の生活に戻れば済む話なのに、「ワクチンを打てば元の生活に戻れる」という甘言にまんまと騙されてしまいます。

そこには「自分の外側にあるものに、自分の生活が左右される」「嫌なことは取り除かれて当然」という受け身の在り方があります。ワクチンを打たないと決めた人や、マスクをしない人を攻撃するのはこうした心情のためでしょう。「あんたのせいで私がコロナに罹ったらどうしてくれる」この的外れな責任転嫁には堂々とNOを貫くべきです。本当に風邪を引いたら命にかかわるような人は、他人を当てにする余裕などありません。

TVやどこの誰ともわからない他人の目や、会社のせいにしておきたい態度と、ワクチンを打つ打たないは繋がっているのです。

危機の時ほどその人の地金が現れる・関係性を見直すきっかけに

今は第三次世界大戦中です。国対国の戦争ではなく、この世の支配者対大衆の構図です。しかしそれに気づいている日本人はごく少数でしょう。このページに辿り着き、身近な人にワクチン接種を止めようとした貴方は、その少数の内の一人です。

この文章を書いているのは、2021年の8月ですが、本当の地獄が始まるのはこれからです。

一年半たっても、未だにコロナの嘘を見破れない人、TVを盲信している人は、残念ですがもう助けられないと思います。今後は、生き残る決意を固めた人同士で、情報を共有しあい、励ましあうことしかできないでしょう。

危機の時ほど、その人の地金が現れるものです。

肉親であっても手放すしかなかったり、また逆に、この騒動がなければ知り合うことのなかった人と、共感しあう縁もまたあります。

2019年以前の世界には、もう決して戻りません。しかし今回のコロナ騒動は「2019年以前の社会が、本当に良かったのか?過剰なモノやサービスを売るため買うために、きりきり舞いする生活が本当に豊かで幸福なのか?」「治験中のワクチン接種の圧力を平気でかけてくる会社に、このままい続けていいのか?」と言った、これまで考えなかった問いを私たちに投げかけています。

問題があることが問題ではありません。私たちは問題とするべきことを問題としているか、別の言い方をすれば、大事にするべきことを本当に大事にしているか、この問いが私たちの人生を決定づけます。この問いを自分に一生しないまま、すぐに移ろい変わる評価評判、どうでもいい世間体だけに振り回されて死んでいく人も残念ながら少なくありません。

今後どのような世界になるのか、私にもわかりません。しかし「大事にするべきことを大事にする」生き方はどんな状況であってもできます。そしてそのためにこそ、今回の辛い経験は、周囲の人との関係性を見直し、残りの人生をどんな人たちとどのように生き、納得できる死を迎えるかを考えるきっかけにもなり得るのです。

無料ステップメール「自分を大切にする7日間のレッスン」

自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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生きづらい貴方へ

自尊感情(self-esteem)とは「かけがえのなさ」。そのままの自分で、かけがえがないと思えてこそ、自分も他人も大切にできます。自尊感情を高め、人と比べない、自分にダメ出ししない、依存も支配も執着も、しない、させない、されない自分に。