セッションを終えて(20代 女性・人の目が気になる)

① 弊社Pradoの心理セラピーを受けようと決めたきっかけはどのようなことでしたか?

私は以前からずっと人の目が気になり、「嫌われたくない、悪く思われたくない」気持ちが抜け切れませんでした。
今の職場は良い人たちばかりで、誰も私を悪く思ったりしていないとわかっているのに。

これは環境の問題ではなく、自分の問題。自分が何かを変えなければ一生このままなんだと思い、申し込みました。

② セラピー・セッションの中で、印象に残ったものはどんなことでしたか?いくつでもお答えください。

足立さんはすぐ堂々巡りになりがちな私の話を、忍耐強く聴いてくれました。
そして「もし万が一、誰かが○○さんを悪く思ったとしたら、何が起こりますか?」と尋ねました。私は「その人が態度に出さなかったとしても、いたたまれなくなる」と答えました。

足立さんは「態度に出されるのは嫌だというのは、私もよくわかります。社会人として、態度にむき出しにするのはダメですよね。
でもその人が内心何を感じるかは、他人が命令できないでしょう?○○さんが堂々巡りになるのは『相手に何を感じるか命令したい、でもできない』なんじゃないでしょうか?」と私の堂々巡りを整理してくれました。

そして「相手が何を感じるかは自由だし、それが気にならない自分になりたいと思いますか?」と。

それから私自身が、自分のネガティブな感情にOKを出すことから始めることにしました。私自身が嫌とか嫌いとかいう感情は、良くないことだとレッテル付けをしていればこそ、他人にも「そう感じるべきではない!」をやってしまっていたのかもしれません。

足立さんは、長い間監禁されると恐怖や怒りすら感じられなくなる、怒りや恐怖は生き延びるための本能でもあるんだ、という話をしてくれました。また自尊感情が低くなると、屈辱的な扱いをされても怒れない、それに気づけないとも。

嫌悪や恐怖や怒りを感じることが即悪いのではなく、何に対してどのように嫌悪や怒りを感じているかが問題なんだ、と腑に落ちました。

それから、「自分が怒られて当たり前なことに、相手が怒るのは当然。誤解ややっかみで嫌われるのが嫌なんだ」と整理できるようになりました。

③ また、あえて最も心に残ったものを一つ挙げるとするなら何だったでしょうか?

それでもまだ「嫌われたくない、良い人だと思われたい」が完全になくなったわけではありませんでした。足立さんはまた「○○さんが何か良いことをした時、誰もそれに気づかなかったり『○○さんって良い人ね』って思わなかったら、何が起こるのでしょう?」と尋ねました。

私は「ちょっとさみしいかも」と答えました。足立さんは「では、そのさみしさを誰が慰めるのでしょうね」と。勿論私しかいません。

大人は皆、そのさみしさを他人に慰めてもらおうとはしないんだ、と今ならよくわかります。

そして宿題として、毎朝の犬の散歩の時、近所のゴミ拾いも一緒にする、というのを出されました。足立さんは「ご家族に説明するのはいいけれど、他の人に『こんなことをやってる』と絶対言わないこと」と釘を刺しました。

最初は気恥ずかしさや、一方で「誰かに認めてもらいたい」気持ちが出てきたり、無心にできない自分にうんざりしました。しかし段々と、気づかない人は気づかないし、わかる人はわかるものなんだ、と当たり前のことに気づきました。

毎朝、レジ袋にゴミを集められると達成感がありました。誰も拾わなかったら、そのままなんだなあ、と。次第に、「自分が手を汚すことを黙ってやる」ことのすがすがしさを感じるようになりました。

その内、会社のトイレや洗面台が汚れていたら、サッと掃除をしたり、今まで家事は母に任せきりだったのが、自分からゴミ出しをしたりするようになりました。そしてそのことをいちいち「いい人だと思われたい」ではなく、「当たり前に」思えるようになりました。

自分でも一番驚いたのは、会社の後輩に注意をしたことです。恥ずかしながら今までは「私はリーダーじゃないし、誰かが注意してくれないかな」と思っていました。
私の責任じゃないから、と逃げていたのです。その後輩にも、部署にも、そして私自身のためにもなってなかったのに。

そしてそれができるようになった時、Pradoを卒業していいな、と思えました。

足立さんにその話を報告すると、笑顔でうなずいて、喜んでくれました。

④ 弊社の心理セラピーを受ける前と、受けた後とで、変化したことは何だったでしょうか?

私はそれまで、「自分がいい子でいたい」が強かったのだと思います。しかしそう思っている段階で、全然いい子でもいい人でもなかった(笑)とすごくよくわかります。

思いやりとは見返りを求めないこと、そしてそれには勇気がいる、その勇気は自分が養うしかない、と足立さんは色々な角度から伝えようとしていたのだと思います。

その勇気を育てつつある自分に気づけると、「嫌われたくない、悪く思われたくない、良い人だと思われたい」からすっかり解放されました。これがなくなるだけで、どんなに楽か。そしてこれまで、どうにもできないことに、どんなに無駄なエネルギーを注いできたか。

これまで苦手だった会社のパートさんたちとのおしゃべりも、全然苦になりません。パートさんたちから「○○ちゃん、○○ちゃん」と声をかけられることが増えましたし、上司も気軽に私に頼みごとをするようになりました。
一方で「今は無理です~」とさらっと笑って断れるようにもなり、毎日の仕事が楽にできるようになりました。

本当に毎日が楽、これに尽きます。

⑤ 弊社の心理セラピーを受けようかどうか迷っている方に、メッセージをお願い致します。

足立さんが伝えようとしていたことは、Pradoのサイトにすべて書かれています。それでもやっぱり、セラピーを受けなければ私は変われませんでした。

自分では気づけなかったことを、たくさん気づくことが出来ました。

足立さんにそれを言うと「それぞれの方が抱えてる課題は千差万別ですし、自分では気づけないから皆苦しむんですよね」とおっしゃいました。

一人では堂々巡りになるのは当然のこと。そして堂々巡りを続ければ続けるほど、しんどいですし、自信を失ってしまいます。

自信って、自分で失うこともあるけれど養うこともできる、それに気づかせてくれるのがPradoの心理セラピーだと思います。

【音声版・境界線とは「No」を言うこと・流されない生き方のために】


【このような悩みを抱えている方へ】

・適切な「No」を言えるようになりたい。迎合したり、操作されたくない。自分の意志で人生を生きたい。
・流されてしまったことに後悔している人。「もうあんなことは繰り返したくない。自分の子や孫に、同じ過ちを犯してほしくない」「どうやったら流されずに、勇氣を持って断れるようになるのかを知りたい」

【音声教材を聴くことによって得られる効果】

・何故「No」を言うことが大事なのかが再確認でき、やりやすいところからチャレンジできる。
・「No」を言うために必要なこと、限界設定、責任、結果予測、選択肢を増やす等、「遅い思考」を鍛える意義がわかる。
・親に反抗できなかった人は、親(大人)の言いなり良い子になることをやめる決意ができる。自分と親の関係性を見直すきっかけにできる。
・日常の中で小さな「No」に躊躇しなくなり、「他人にどう思われるか」ではなく「自分がどうしたいか」「何が責任を果たすことなのか」で物事を取捨選択し、たとえ結果が思わしくなくても、「自分が選んだ」ことそのものに対しては自負を持てる。

【全6回のテーマ】

第1回  結果を負うのは自分しかいない。「No」を言わなければ「Yes」と言ったと見なされる (約17分・無料で公開します)

🔗第1回 要約・氣づきメモ

第2回 「No」を言いづらい時、何を恐れているのか (約17分)
第3回 「人は安心の名の下に自由を手放す」責任と結果予測 (約14分)
第4回  速い思考と遅い思考・現実を見ることと選択肢を広げること (約18分)
第5回  思春期の頃、親に対して「うるせえ!クソジジイ!クソババア!」と言えましたか? (約15分)
第6回  境界線の内側には良いもの、外側に悪いもの・境界線は真の自由と自立のために (約16分)

5500円(税込み)振込み手数料はお客様負担になります。

まず第1回を試しに聴いて頂き、ワークに取り組まれた後、「もっと勉強して実践したい」方は、以下のフォームにてお申込みくださいませ。
振込先の銀行口座をメールにてご案内します。お振込み確認後、URLとパスワードをメールにてお知らせいたします。

もし、お申し込み後2、3日経っても、弊社からのメールが届いていない場合は、受信メールのゴミ箱に入っていないかご確認くださいませ。
やはり届いていない場合は、大変お手数ですが、弊社へメールかお電話にてご連絡くださいませ。

    ※「音声版・自尊感情を高める習慣」のご案内は、こちらのリンクをご覧ください。

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