「今の人は懊悩することがなくなった」
25年ほど前、私のカトリック受洗の際に代母になって頂いたシスターが、何かの折に「今の人は懊悩することがなくなった」と仰ったのを今でも覚えています。
懊悩とは、文字通り「心の奥で悩み悶えること」です。懊悩煩悶とも言います。
自分の期待通りに成らないことに不平不満は言っても、或いは「完璧にやれない自分」にダメ出しをして(本当はそのこと自体が思い上がりなのですが)クヨクヨ悩むことはあっても、もしくはだれも責任を取ってはくれない他人の目に振り回されることはあっても、「心の奥底で悩み悶える」ことを、今どれくらいの人が経験しているでしょうか?
そもそも懊悩とはどういうことか、例を挙げて深掘りしていきます。
犬養道子さんの若き日の逸話
五・一五事件で暗殺された犬養毅首相の孫娘で、世界中の難民子女の支援活動に、生涯に渡って尽力された犬養道子さんは、戦前の若き日に、上海のフランス租界で一時期を暮らしました。
父・健は日本とアメリカの戦争を回避すべく、和平工作のために奔走する日々でした。そして娘の道子さんは、父の手伝いと自らの勉強のために同行します。
その合間を縫って、勘の鋭い母親の目がないのをこれ幸いと、道子さんはある「実験」を企てました。
(実験とは)錯綜し相互に矛盾しあいながら心の中を騒がしくかきたてつつ群居しているさまざまな利我と自我(エゴ)に、青信号を与えて、それらの赴くままにさせてみること。
そう言う「好き勝手」と言うものが、果たして自分をーエゴを、ではない。エゴを御すべき、エゴよりはるかに大きい「自分」をー満たすものであるのかどうか。その実験を私はしてみたかったのである。
(略)
私は知性の底では、この実験の結果をすでに知っていた。満たす筈はない、と。
犬養道子「ある歴史の娘」
即ち物欲、我欲の赴くまま、好き勝手をしてみること、良心や品位、秩序や自制というブレーキなしに、我欲に青信号を与えて思い切りアクセルを踏むことでした。
道子さんは留守がちな父から食費を現金でもらい、それを貯めました。日本円が強かった外地ということもあり、かなりの額になりました。仕組みの詳細は省きますが、日本よりも物価の安い外国で、日本国内では中々手が出ないブランド物が買えるようなものとイメージするとわかりやすいでしょう。そして夜会服、今で言うイブニングドレスをオートクチュールで誂えました。総ビーズの、それは美しいドレスだったそうです。
そしてMという物腰の洗練された、見た目の良い、しかし中身は薄っぺらで内心軽蔑していた青年をボーイフレンドに「仕立て上げ」、誂えたドレスをまとってMと共に出かける機会を窺っていました。
その日から、私の心は安らぎと言うものと無縁になった。欲の虜(とりこ)となったから。ひとつの服を買う、満足するかと思えばとんでもないことで服に見合う手袋・靴・帽子・下着・アクセサリイ・・・と際限ない欲が付随するのであった。
(略)
購買金額の多寡は問題ではなく、問題は「欲しい、手に入れたい」の欲望(と虚栄)に「青信号を与えた」ところにあった。「これが衣裳でなく、家であったら、金であったら、権力であったら・・・ああ、ひとつ手に入れれば、それは加速度となってまたひとつ、もっとひとつ、もっともっと、となってゆく!」
(同上)
道子さんは欲望の虜となった自分を浅ましく、愚かだと思いつつ、一度出してしまった青信号に引きずられていきました。
人間は欲望と恐怖に弱いものです。仮に「私はそんなに物欲がないし、お金もないから関係ない」と思う人がいれば、他の欲望や(ちやほやされたい、安逸をむさぼりたい、楽して得したい、自分は指一本動かさず、都合の良いことが「お膳立てされる」のをただ願う、等)恐怖(世間体や人の目を過剰に気にして振り回される、傷つくことや責任を取るのを恐れ逃げ回る、等)に突き動かされていれば、それはこの道子さんと同じことなのです。
この欲望と恐怖に引きずられたことのない人はこの世にいないでしょう。その自覚があるかないか、これは大きな差で、非常に重要です。「あるがままの自分」とは、その自覚を持つことが第一歩です。道子さんは自覚がありつつ、しかしなお、行きつくところまで行かなければ止めることができませんでした。
そして道子さんに「その日」がやってきます。
「こんなものを着て!こんなものを!」
道子さんはMから、投げ矢やルーレットのあるクラブに誘われます。ある夜、総ビーズのドレスをまとい、髪にくちなしの花を一輪飾ってクラブに赴くと、一斉に男たちから注目を浴び、「チャーミング、ラブリィ」という感嘆詞で称賛されました。
道子さんは今夜の主役は自分だと言うことをはっきり意識し、タンゴやワルツを何回も続けて踊りました。ドレスの広い裾が翻るたびに人々の視線を集め、お世辞や言いより、驕笑の中で華やかに振る舞い続けました。
しかし華やかに賑やかに振舞えば振舞うほど、私の内心の痛みと曾て知らなかったさみしさは大きくなった。空しさが全心のみならず全身を満たしはじめた。
「もし、こんや事故ででも死んだら私はこの空しさの中で一回きりの人生と別れるのか!」
(同上)
そして道子さんは唐突に投げ矢の矢を捨て、驚いたMを突き飛ばし、タクシーを呼んで宿舎に帰りました。道中、悲哀と嗚咽がこみ上げ、長い旅をしているかのようでした。
たどり着いた自室のドアを開け電灯をともし、一歩中に入って私は愕然と立ち止まった。正面の大鏡に自分が映っていたからである。
絢な衣装は電灯の光を浴びて、輝くばかり。それをまとって、全心全身の疼く少女が立っていた。疲れた顔、生気のない顔、くちなしの花。耳飾り。
あわれ!
最初の思いはそれだった。
あわれ!(ミゼール) 悲惨!(ミゼール)
こんなものを着て!こんなものを!鏡の中の少女の顔が次第に歪み、眼に涙が溢れ、それから彼女は何かに憑かれた早さで耳飾りをとりビーズの衣装を脱いだ。脱いで床に叩きつけた。
手はふるえ、共色サテンの夜会靴をぬぐにも足までふるえて困難であった。
(略)
それから突然、少女の肩が大きく揺れ、夜の沈黙を突き破って嗚咽の声が流れ出た。少女は床にくずれ、声をあげて泣いた。
いつまでも泣いた。身も世もなく泣いた。
いま考えてみると、あれほどの嫌悪と苦悩とさみしさに満たされて泣いたことは、あとにもさきにも、一度もなかった。
いつの間にか少女はひざまずいていた。泣きながら顔を天に上げて内心深く叫んでいた。
「内において満たされた者になりたい!外からの一切のものはいらない、衣すら食すらいらない、ただ、心の奥底で生きる意義をしっかりとつかみそれによって満たされる福(さいわい)が欲しい。
生きる者になりたい。もし、もしそのような福の源があるならば、人の魂を満たす存在があるならば、それをどこに求めたらよいかをこの惨めな者に示して下さい・・・」
(同上)
誰にも止められない「自分を裏切ることの悲惨」
ただの不平不満や、自分にダメ出しをして落ち込んで見せることとは根本的に異なる懊悩とは、こうした生きる姿勢のことです。
自分を裏切って生きることの悲惨を、身をもって経験してみることが、若き日の道子さんには必要だったのでしょう。そしてそれは、他人が「そんな浅ましいことはやめておけ」と止められません。
私たちは良心や品性、そして知性を日々磨いていかなければ、この浅ましさに気づくことすらできず、思考停止し、或いはいくらでも言い訳をして自分を裏切り続けます。
自分を裏切ることに痛みを感じる、これも誰もがやれはしないのです。
私が繰り返し、「コロナ茶番がわかっていながらマスクをし続けること」に反対するのは、この茶番がダラダラ続いたり、マスクをしない人が肩身の狭い思いをしたり、子供たちがマスクを外せず発達に弊害が出るためだけではありません。何よりもその人自身が、自分を裏切り続けるからです。「だって人の目が」と責任転嫁をし、自分を裏切り続けて自尊感情が下がることはあれ、高まることは決してありません。
マスクだけして遊びまわることに自己矛盾を感じない日本人マスクの害や、マスクが感染対策にはならず却って逆効果であることは、他でも散々言われていますので、ここでは割愛します。参考までに、以下のリンクを貼っておきます。[blogc[…]
クライアント様がセッションを受けるきっかけは、人間関係の悩みや、自分に自信が持てない、人の目がどうしても気になってしまう、などが多いです。それらは自分自身に向き合い、そして裏切れない自分に出会っていくための最初のきっかけに過ぎません。
悩みとは不快なものですが、裏切れない自分と出会っていくためにこそ、悩みは必要です。悩まない時、人は自分と向き合おうとは中々しません。そしてそれは、「だって、どうせ」の不平不満の堂々巡りとは根本的に質が違います。
今の人たちは子供からお年寄りまで、誰もがスマホを持ち、すぐにゲームやネットで気を散らし、自分と向き合うことが本当に減ってしまったのではないかと、私は危惧しています。それは自分自身と出会わないまま、自分の本当の望み、「衣すら食すらいらない」生きる意義が何なのかもわからず、一生が終わっていくということです。繰り返しますが、それを止められるのはその人本人しかいません。
一方で、どんなに時代が移り変わろうと、道子さんのような懊悩を経験する人は数は少なくても必ず存在し、そういう人でなければ果たせないこともまた在り続けるとも固く信じています。