Prado心理セラピーの特徴

「生きづらさ」の原因・小さな深いトラウマの積み重ね

度重なる小さなしかし深いトラウマほど、実は厄介

トラウマ、というと災害や事故、失恋や家族を亡くしたなど大きな出来事を思い浮かべるかもしれません。

もちろんこれらもトラウマになりますが、私たちの可能性を縮こまらせ、恐れを生じさせているのは、実は「普段は忘れてしまっている」小さな辛い出来事、しかもその積み重ねであることが多いです。

子供のころ、がんばっても親に認めてもらえなかったとか、共感してもらえなかったとか、そうした「小さな、しかし深い悲しみ」は、一回こっきりではなく「毎度のこと」になりがちです。

子供もいちいち泣き叫んだりはしないので、親や周囲の人、そして子供自身でさえ気がつきにくいトラウマになります。

大きな辛い経験は、周囲の人にもわかりやすく、場合によってはその後に癒されることがあります。また何より自分が「気づいて」います。

小さなしかし深い悲しみが「毎度のこと」になると、「またか」「どうせ」とあきらめになりがちです。
ただ悲しみそのものは消えてしまったわけではありません。心の奥深く、潜在意識の中に沈み込みます。

あきらめになると、表面上は強い悲しみは感じなくなります。そしてこのことが実は曲者です。

意識できない悲しみが、やがて「どうせがんばっても報われない」という信念(思い込み)や、「自分は大して価値がない」といった低い自己認識(セルフイメージ・自己評価)に変わってしまうからです。

人は自己認識以上の自分には、中々なれません。

心理セラピーで扱う「信念(思い込み)」の解除と「自己認識(セルフイメージ)」の向上

小さなトラウマの積み重ねが怖いのは、潜在意識内の「信念(思い込み)」を強化し、「自己認識(セルフイメージ)」を低下させるからです。

ボディブローのようにじわじわと自分の心を弱らせてしまいます。

潜在意識は「繰り返されると強化する」特徴があるからです。

潜在意識の特徴 ⑩人の成長はS字曲線の理由

悲しみと向き合い、しっかり感じきって、乗り越えることの重要性がここにあります。
向き合うときは大変でも、乗り越えればこうした自分を制限するような信念や、自己認識にはなりません。

心理セラピーで扱うのは、上記のニューロロジカルレベルの「信念」、つまり思い込みの部分がほとんどです。

私たちはこの「信念」を潜在意識の中に無数に持っています。その中には役に立つものもあれば、いつの間にか自分を制限してしまうものもあります。

そして「信念」および「価値(何が大事か、価値観・価値基準)」は自己認識の土台となっています。

自己認識が高い・低いとは

自己認識とは「自分が自分をどう思っているか」です。

これは「ほれぼれとする自分」というナルシシズムが、自己認識が高いということではありません。
ナルシシズムは「都合の悪い自分」をなかったことにすることであり、実は自己虐待でもあるのです。

あるがままの自分を受け止めるとは、傷つくことを怖れないこと

自己認識が高い人とは、品位・品性の高い人、心の気高い人と言っても良いでしょう。

嘘をついたり、ごみをポイ捨てしたり、わざと人様を待たせたりしないこと。
これらはマナーや思いやりでもありますが、こうしたことを決してしない人は「それをする自分に耐えられない」、その心の気高さのためでもあります。

この心の気高さが他人からの信頼を生み、また自分への信頼、つまり真の自信につながります。

自己中な人は、自分が一番可愛く、偉そうにふるまうので一見「セルフイメージの高い人」のように思うかもしれません。しかし自己中な人を「心の気高い人」とは言いません。

この自己認識が低ければ低いほど、他人を振り回し、支配してかりそめの自信を得たような気分になって、低い自己認識の埋め合わせをしようとします。

しかしこれは、結果的には人からの信頼を損ない、自分への信頼即ち自信を失うはめになります。

人間関係のいざこざは、根っこのところにはこの自己認識の低さがあります。お互いを心から尊重できる人同士なら、単に意見が違うだけでは、後々まで心に傷が残るようなことにはなりません。

制限的な「信念(思い込み)」を解除し、「価値観に沿って生きている」実感を増すことが、高い自己認識を育てます。

そして自己認識と「あるがままの自分を大切にする」自尊感情は裏表の関係になっています。

トラウマの解消には客観視が不可欠、しかし自分一人では限界も

心理セラピーでは、クライアント様のお話の中から制限的な「信念(思い込み)」を引き出します。
この制限的な信念の背景となるトラウマ的な出来事を、必ずしも思い出したり、話したりする必要はありません。

この「信念(思い込み)」は、多くのクライアント様がおっしゃるように「自分では気づかなかった」ものです。気づかないからこそ、思い込みです。

良かれ悪しかれ、「信念(思い込み)」が反応と選択を生み、この積み重ねが私たちの人生になっていきます。

この制限的な信念(思い込み)を変え、次に似たようなことが起きた時、これまでとは違う、より望ましい選択を瞬時にできるようになること、これがセッションの中で主にやっていることです。

精神的にタフで、問題解決能力の高い人は、無意識のうちに自分でこれらのことをやっています。
精神的にタフな人とは、活発かおとなしいかということではなく、この「自分を客観視する力」に富んだ人のことです。

客観視とは後天的に育てるものです。生まれたての赤ちゃんに客観視する力はありません。
ですから、どんな人も自分次第で客観視する力を育てることはできます。

しかし当然ながら、皆が皆、自分一人で完全に客観視ができるわけではありません。やはり限界はあります。
元々客観視する力に富んだ人でも、事の重大さによっては難しく感じることも起こります。

セラピストという他人を使う意義はこのためです。

トラウマの中に既にある「気づき」

ところで、トラウマと向き合うことは辛いことではありますが、同時に大変意義深いものでもあります。
それはその出来事の中に、既に「気づき」があるからです。

例えば、地震に遭ったことがない人は、地震がどんなに怖いものかわかりません。地震とは怖いものだ、ということは一種の学習であり、気づきです。

地震を経験すればこそ、避難の重大さがわかります。経験のない人にどんなに避難訓練をさせても、どこか人ごとになるのは知識レベルでの学習にとどまっているからです。

勿論誰しも、好き好んで地震に遭いたいとは思いません。地震は起こらないに越したことはありません。
しかし「経験してこそ、知識ではなく生きた知恵、教訓となること」は私たちの想像以上に多いです。

例えば、大病をしたからこそ、健康のありがたさがわかるなどといったことも同じです。

トラウマの中には、実はこうした気づきが既にあります。しかし、辛い感情的な反応とセットになっているので、気づきが「埋もれている」状態になっています。
だからこそトラウマを嫌なもの、降りかかった災難と捉えがちです。

セラピーでは、この辛い感情的な反応と、気づきを分けることも多く行います。
これができると、気づきは自分の財産になり、辛い感情的な反応は起こらなくなります。

「気づき」はパワフルな自己承認

気づきは知識とは異なります。
知識は外側から得るもの、気づきは内側から湧き上がるものです。

自分の内側にある、もやもやとした気づきの卵が、他人の言葉(読書や話)によって「そうそう、それそれ!」と明確になり、腑に落ちることはあります。
しかし読書や人の話は「気づき」そのものの代わりにはなりません。

気づきはその人だけの財産です。またこの財産は、他人と比較するものではありません。
人は気づきを得れば得るほど、自然と自分で自分を承認しています。

混同されやすいのですが、承認とは褒めることではありません。
承認とは事実そのものをフィードバックしていくこと。心の鏡に事実そのものを映し、受け止めていくことです。褒めることは、事実そのものの良し悪しを評価することです。

人は自分の顔を永遠に自分の眼で見られないように、自分とは何者かを常に明確に把握できているわけではありません。

漠然とした不安や自信のなさは、自己承認が足りていないためでもあります。他人がいくら承認しても、自分がその「鏡に映った事実を受け止める」ことをしなければ意味がありません。

気づきは自分が何者であるかを、はっきりと教えてくれます。気づきという心の鏡に自分の顔が明確に映るのです。他の誰でもない自分の顔が明確になります。

それをそのまま、ジャッジをせずに受け止める、これが「自分は自分で良い」という自尊感情を高めていきます。

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自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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