世界は自分の「思い込み通り」に見ているもの、良くも悪くも
「男はみんな浮気する」
「甘いものがやめられない」
「お金を稼ぐには苦労しなくてはならない」
これらは事実と言うよりも思い込みですが、人は一旦思いこむと何度でも繰り返し自分に言い続け、あたかもこれらが動かしがたい事実のようにまた思い込んでしまいます。
そして「如何にもその根拠となりそうな出来事」を自分から引っ張ってきて、「ほらね、男はみんな浮気するものよ。甘いものはやめられないのよ。お金を稼ぐには苦労しなくちゃならないのよ」と自分で自分を説得し続けます。
勿論、この思い込みを持つに至るには、それなりの経緯と事情があります。人間の脳は、「これが事実かどうか」「正しいかどうか」ではなく、「どうやったら生き延びられるか」を生れてから死ぬまで、学習し続けます。そしてその時点での「一番生き延びられそうな、最善のパターン」を学習し(2番目以下を採用する、ということはありません)、脳に刷り込んでいきます。
だからこそ、繰り返し「根拠のありそうなこと」を引っ張ってきては、自分を説得しようとします。
しかしこれらの思い込みは、やはり自分を制限する類のものです。
このような思い込みを持つ一方で、「やっぱり素敵な男性と恋愛して、幸せな結婚をしたい」「甘いものを食べるのは適度にして、健康的な食生活を送りたい」「お金を稼ぐことに、苦痛を感じたくない。楽しくやりがいのある仕事をしてお金を得たい」と思うのなら、この思い込みは解除する必要があります。
弊社の心理セラピーの山場は、この「自分を制限する思い込みの解除」であり、セラピストの力量が最も問われるところです。
「行き詰る」のは、新たな上書き保存が必要というサイン
これらの思い込みは、「自分がよりよく生き延びられる」新たな選択肢を学習しない限り、働き続けます。
ただ、人は自然に「よりよく生きられる新たな選択肢」を学習してもいます。例えば、子供の頃のあいさつと、大人になってからのあいさつは違うはずです。人生のどこかの時点で、「子供のあいさつではなく、大人のあいさつをした方が、よりよく生き延びられる」と学習し、上書き保存しました。私たちはこうした上書き保存を、何度も繰り返しています。しかしほとんどの場合、意識されていません。忘れてしまっています。
私たちが時として「行き詰る」のは、新たな選択肢に上書き保存する必要がある、というサインに他なりません。
他人はこれらの制限的な思い込みに、お説教をして変えようとしてしまいがちです。
「皆が皆浮気するわけじゃないよ!」
「甘いものをやめられた人だっているよ!」
「楽しくお金を稼いでいる人もいるよ!」
しかし、このようなことを言うのは、両手に握りしめた棒を外側から引っ張って取り除こうとするようなものです。
実際にやってみるとわかりますが、棒を引っ張ろうとすると、却って力を込めて握りしめ、棒を離すまい、とするのが人間の反応です。
お説教で人生が変わるのなら、誰も悩み苦しみはしません。心理セラピーはこの世に要りません。しかしそれでも、他人にやってしまいたくなるのが、人間の顔の一つです。
思い込みを強化する催眠サイクルとは
上記の事を下の図で表したのが「催眠サイクル」です。
そしてこのサイクルは、繰り返せば繰り返すほど、わだちが深まるように強化されます。
このサイクルを解くには、「疑わない、考えない」を「疑って、考える」にする必要があります。
この時、「普段自分ではしないような質問」「新たな選択肢に上書きできるような質問」をして「考えてもらう」、これがセラピストの重要な仕事の一つです。「普段自分では考えない質問」は、他人にやってもらう必要があります。セラピストという他人の援助を得る意義は、こうしたことにもあります。
また、「考えが柔軟な人」は、こうした質問を自分にする習慣が身についています。物事をあらゆる角度から考えられるのは、自分にする質問の質とバリエーションによります。ただ知識を得るお勉強では、刻々と変わる現実には対処できません。
そして「その人がよりよく生き延びられる新たな選択肢」を自分で探し出す、これが最も重要です。
人は「自分で見つけた答え」は疑わず、おのずと責任を持つからです。
逆に言えば、相手が望んでいない間のアドバイス(「何でああしないの、こうすればいいのに!」「考えすぎよ!」「あの人だっていいところがあるんだから!」)は自尊感情を低下させ、また「だって、あの人がああ言ったから」という責任転嫁を起こします。人が善意のつもりで「助けてあげよう」とすると、必ずと言っていいほどこうしたことをやってしまいます。
アドバイスは、相手が「自分が何をほしいか」が明確になり、そして相手が「どうしたらいいかな?」と望んでから行うのが鉄則です。アドバイスの内容自体が、どんなに優れたものであっても、タイミングを誤ると相手を傷つけることにもなりえます。
そして、セラピストがヒントを提案することはあっても、採用するかどうかはクライアント様次第です。
効果的な質問をして、クライアント様がご自身で「新たな選択肢に上書きする」、これは棒を握りしめた両手の、力をほんのわずかに抜くことです。こうすると棒は簡単に下に落ちます。
そしてこれは、「力を抜いても大丈夫だ」とクライアント様の脳が思わない限り起きません。
客観視の力をつけ、様々な角度からの視点を
自分ではしない質問を受けて、新たな上書き保存をする、これがセラピーでやっていることですが、だからといって、一生、心理セラピーを受け続けなくてはならないわけではありません。
質問を受けると、脳の中に新たな神経回路が作られていきます。新たな神経回路がどんどん作られると、思考の柔軟性が増します。そして自分自身や、起きている出来事を客観視する力がついていきます。そうすると、上記の催眠サイクルに、最初からはまり込みにくくなります。
催眠サイクルにはまる、即ち悩んでいる状態とは、小さなコップの中にはまり込んでしまうようなものです。
仮にはまり込んだとしても、すぐ抜け出せる。コップの外から、いろいろな角度から眺められるようになる。「生きやすさ」とはこの客観視と、思考の柔軟性が身についている、ということでもあります。これが自尊感情が高まった証拠です。
どんな人にも困難は訪れます。困難のない人生はなく、能力が増し、他人からの期待が増え、責任が重くなればなるほど、余人にはわからない困難が訪れます。しかし、そうした人が悩みにはまり込んだままにならないのは、客観視と思考の柔軟性に富んでいるからです。
そしてこれは、誰かにできて、誰かにはできない類のものではありません。その代わり、自発的に取り組もうとしない限り、どんな人であっても、身に着けることはまたできません。自尊感情高く生きることは誰にでもできる、しかしやろうとしなければできないのです。