自尊感情にまつわるコラム

メタ認知能力・自分をあるがままに見る力

メタ認知能力とは

「メタ認知」という言葉をどこかで耳にしたり目にしたりしたことがあるかもしれません。
簡単に言うと「自分を客観視する」ことです。
メタとは「~を超えて」という意味です。

自分を他人のように眺める力があるかどうか、そしてそれにジャッジをしない(利害の絡まない赤の他人は、感想は言ってもジャッジしません。自分に迷惑をかけられたわけでもないのに、非難したくなる、いわゆるバッシングをしたくなる時は、自他の境界線をもう一度しっかり引き直すサインです)ことが、自尊感情にも影響します。

  • 自分には何が出来て、何が出来ないか
  • 自分は何を知っていて、何を知らないか
  • 自分は何は理解できて、何は理解できないか
  • 自分は何を望んでいて、何を望んでいないか

もし、これらのことを即答できれば、判断に迷うことはかなり減るでしょう。

逆から言えば決断力のある人は、これらのことをよくわきまえています。決断力のある人は、大抵即答できます。そして一旦下した決断を、根拠もなく覆すことはしません。
そしてこういう人をはたから見ると「自信のある人」に見えるでしょう。

多くの人が、能力や地位や評価を得れば「自信がつく」と思いがちですが、必ずしもそうではありません。
本当に自信のある人は、自分よりも能力の高い人を部下につけて使いこなすことすらできます。そして何より「自分が何もかもできるわけではない」ことを重々わきまえています。

「真に自信がある状態」とは能力や地位や評価を得ているから、ではなくこのメタ認知能力によるものでしょう。

しかし、生まれつきこの「メタ認知」ができる人は誰もいません。生まれたての赤ちゃんにはそんな能力はありません。
この「メタ認知」とは大脳の前頭連合野といって、誕生後およそ20年かかって完成する部分が担っています。

つまりこれは後天的なものであり、訓練次第で誰でも身につけることができます。

自分自身や起きた出来事を「通りすがりの人」の目で見る

当Pradoのセラピー・セッションでは、イメージを使ったワークで、自分でも相手でもない第三者のポジションに立ってもらう、ということをよく行います。
その際クライアント様に「この出来事とは全く関係のない、通りすがりの人になったつもりで、この出来事を眺めてみましょう」などと申し上げます。

誰でも「他人のことはよくわかる」ものです。
これまでのいきさつや利害がからまない他人の方が、過大評価も過小評価もせず、当事者よりもむしろ客観的になりやすいでしょう。
常日頃から、特に嫌な出来事、困った出来事が起きた時は自分が「通りすがりの人」になったつもりでこれらの出来事を横から眺めてみると、冷静になれ、気づきを得ることが出来ます。

参考:自分を客観視・テレビドラマワーク

またどんな人も、脈拍が1分間に95を超えると問題解決できない、と言われています。成人の安静時の脈拍がおよそ70です。軽めのウォーキングで110~120です。

気持ちが焦った時に「まあまあ、落ち着いて、深呼吸、深呼吸」などと言ったり言われたりした経験が誰しもあるでしょう。人は直観的に「脈拍が上がった状態では問題解決が出来ない」と知っています。

脈拍が上がった時にすぐ戻せることも役に立ちますが、最初から「冷静さを保てる」となお良いでしょう。

冷静な人、とは必ずしも持って生まれた性格によるとは限りません。前述した前頭連合野が十二分に機能していると、扁桃体という「脳のパニックボタン」を抑制してくれます。ですから、訓練次第で「冷静な人」にはなれるのです。

メタ認知能力と自尊感情

メタ認知能力と自尊感情は関係性がある、と思われます。
自尊感情とは「どんな自分もあるがままに見て、なかったことにしない」態度からくるものです。

例えば、床に埃が舞っていても、掃除をする余裕がなければ
「見ぬもの清し!見なかったらないのと同じ!」と自分に言い聞かせて今日は寝る、こうしてお茶を濁していないと私たちは大げさに言えば生きていけません。

「どんな自分もあるがままに見る」とは、床の埃はなかったことにしても、お茶を濁している自分はなかったことにしない、「こんな自分は情けない」といじめたりもしない、ということです。

通りすがりの人のように「ただ、そうなんだ」と受け止めます。これがメタ認知です。

メタ認知能力がつくと、コミュニケーション能力も上がります

こうしたことを積み重ねると、コミュニケーションにおいても、相手の話のコンテンツではなく、相手がコンテンツをどう受け止めているかにペーシングをすることができます。

「あの人、嫌な人なのよ!」「そう、嫌な人なのね!」ではコンテンツに巻き込まれてしまっています。

「あの人、嫌な人なのよ!」「余程嫌な思いをしたのね」これだと相手の感情そのものを受け止めつつ、コンテンツには巻き込まれていない状態です。

状況によっては、相手もいくらか気持ちが落ち着き、脈拍が95以下になるかもしれません。

「あの人が嫌な人かどうか」は評価であり、客観的な事実ではありません。しかし話し手が「あの人とのかかわりの中で嫌な思いをしたこと」は事実です。
ペーシングとはこの事実によりそっていくことです。

コミュニケーション能力とは、情緒的な優しさとも異なります。

情緒的な優しさは心を癒す側面もありますが、過干渉や憐憫に変わると相手の自尊心を傷つけることもあります。

コミュニケーション能力は情緒よりも客観性や想像力であり、また「思いやり」は情緒ではなく想像力です。「相手の立場に立って考える」ことです。そして想像力も脳の前頭連合野がつかさどります。

「気持ちが優しい」は持って生まれた性格かもしれません。しかし想像力は後天的な訓練によるものです。この訓練を怠ると「気持ちは優しくても思いやってはいない人」になってしまいます。

また逆から言えば、持って生まれた性格とは関係なく誰でも、「思いやりのある人」にはなれるのです。

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自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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