自尊感情にまつわるコラム

どんな自分も受け入れることが、平和の始まり

耐えがたいことから「逃げるか/戦うか」は本能、しかし

クライアント様がご相談に来られた当初は、ご自分自身のことであれ、他の人とのかかわりであれ、「耐えがたいことから『逃げるか/戦うか』」つまり「嫌なことを排除したい」状態になっています。
人が何かに悩むとは、この「逃げるか/戦うか」の状態にあることと言っても良いでしょう。

これは人間のみならず、全ての動物の本能です。この「逃げるか/戦うか」がなければ、生き延びていけません。津波が来たら走って逃げなくては生き延びられないので、この反応はなくなっても困るのです。

しかし人間はまた同時に、他の動物と違って社会的動物なので、ただ「逃げるか/戦うか」で「耐えがたいことを排除する」だけでは人間らしく生きてはいけません。

人間の歴史の中で、「排除すること」が大手を振ってまかり通った時、深い爪痕を残す悲惨な出来事が起きました。

ナチスドイツが行ったユダヤ人排斥(ホロコースト)や、中国の文化大革命による知識層の排斥などはその典型です。
現在でも、例えばISによるテロ行為そのものは許容できませんが、イスラム教徒の排斥には世界各地から非難の声が上がっています。

私たち人間に課された宿題は、「逃げるか/戦うか」の本能は本能として保ちながら、また個人であれ国家レベルであれ、自分たちの身の安全は守りながら、どこまで「排除しない」かという一見矛盾したことをやり遂げられるかということでしょう。
「対話」や「融和」などはこの「排除しない」ための試みです。

勿論これは、誰にとってもたやすいことではありません。

自分の中のどんな自分も排除しない/受け入れるためのワーク

この「排除しない」を頭で、理屈でわかるのではなく、心で感じていくことが大切です。
そしてこれは、まずは自分の内側、自分の中の自分にできるようになって初めて、他人にもできるようになります。

二人一組になって行うワークを以下に紹介します。

① 二人一組になって、向き合って椅子に座ります。A、Bいずれかを決めます。両足をしっかり床につけ、背筋はまっすぐに伸ばします。

② 沈黙のまま、深く呼吸をし、気持ちを落ち着けます。二人の呼吸のペースを合わせ、落ち着いた一体感を感じられるよう、状態を整えます。

③ AがBに向かって言います。

「私があなたに(世間に)見てほしいことは、私が   (X:ポジティブなこと)だということです」
「私があなたに(世間に)見てほしくないことは、私が    (Y:ネガティブなこと)だということです」

④ Bは静かに耳を傾け、Aの言葉を受け入れます。両方の言葉をジャッジすることなく、体の内側にそのまま受け入れます。

そして以下のようにAに言います。一文ずつ区切りながら、静かに、ゆっくりと言いましょう。

「私はあなたが(X)であるのがわかります」
「私はまた、あなたが(Y)であることもわかります」
「私はあなたが、そのどちらでもあることがわかります」
「私はあなたが、もっと、もっと、それ以上の存在であることがわかります」

⑤ AはBの言葉を沈黙のうちに耳を傾け、体の内側にそのまま受け入れます。

⑥ 交替して、今度はBがをAに向かって言い、AがをBに向かって言います。

⑦ これを3~5回繰り返します。

 icon-exclamation 以外のことは言いません。「えーそんなことありません!」「だからあんたはいつも・・」などは口にしません。

(スティーブン・ギリガン博士による「トランス・キャンプ」より抜粋)

「両方あるからこそ、それ以上」

上記のワークでは、「(ポジティブな自分とネガティブな自分の)両方があって、それ以上の存在です」と互いに言います。

両方があるからこそ、それ以上の存在になれる、とも言えるでしょう。
ネガティブな存在を切り捨てようとしていては、人は「それ以上」にはなれないのです。

ネガティブな自分を不適切な行動化(暴力をふるう、面と向かって罵る、中傷するなど)で現したりたり、抑え込んで「なかったこと」にするのではなく、受け入れることでより高い次元に引き上げられ、全体が更に高い「それ以上」のものになっていきます。
当Pradoの心理セラピーではこれをめざしています。

自分をいじめ、憎んでいる人が平和を作りだすことはできません

こう見て行くと、「ネガティブな、自分が望まない自分」もそれ以上の存在になっていくために不可欠な自分とも言えます。
そして、この自分を「排除しようとする」ことは、冒頭にある通り、引いては人類の悲惨な歴史の相似形にもなります。

この世が平和であることを望むのであれば、人助けや社会活動も結構ですが、まずは誰よりも自分自身と向き合い、仲良くなることでしょう。

世の中にはメサイア・コンプレックス(救世主願望)と言って、自分の弱さや限界と向き合わずに人助けをしようとし「人助けをしている私は救世主だ・善人だ」と思い込もうとしている人も少なくありません。

こうした人たちは「手助けする人のために自分がいる」のではなく、「自分のために手助けを必要とする人を作りだす」ので、共依存の助長者になりやすいです。彼ら彼女らが最も恐れるのは「この世から不幸な人がいなくなること」「自分の助けを必要とする人がいなくなること」だからです。

「イヤだな~と思ってる人から、引き出しを増やしてもらってるよね」(IKKO)

私たちは「イヤだなあ~」と思っている人に出会ってこそ、対処方法を学び、「世の中にはそういう人もいる」と学んでいきます。これは本を読んだり人の話を聞いてもその代わりにはなりません。

「イヤだなあ~」と思う人と無理に付き合わなくてはならない、ということでは決してありません。それは却って、自分を苦しめることになります。

「イヤだな~と思う人」の存在は、「自分には『付き合いきれない』人がいるんだ」という自分の限界を示してくれます。
そして誰とでも優しく付き合える天使になる必要はなく、その限界のある自分で良いと教えてくれています。

一見矛盾するようですが「両方あって、それ以上」になっていくことは、自分の限界を受け入れるということでもあるようです。

無料ステップメール「自分を大切にする7日間のレッスン」

自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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