Prado心理セラピーの特徴

あるがままの自分を受け止めるとは、傷つくことを怖れないこと

ありのままでいい、とは向上心を放棄することではなく

何年か前にディズニーの映画「アナと雪の女王」が大ヒットしました。
当時保育園児だった私の姪がしょっちゅう「ありの~ままの~」と主題歌を歌っていて、保育園の先生は「ありのままだけでは困るんだけど・・」とおっしゃっていたそうです。

自尊感情とはあるがままの自分を大切にする、大切に思うということです。

しかしそれは、姪の保育園の先生が心配したように「生まれっぱなしの野放図なままでいい」ということでは決してありません。
人間は社会的動物ですから、自分の欲望をコントロールし社会のルールに従わないと、結果的に自分も生き延びてはいけません。

そしてまた、向上心を放棄することでもありません。
ただ向上心を「今のままの自分では不足だから、ダメだから」という動機で持とうとすると、そのままの自分を罰することになりかねません。

現在(2017年)87歳のジャズピアニスト穐吉敏子さんが

「自分はこの程度だと思ってしまったら、自分に対して失礼だ。もっと高く素晴らしい世界に自分を連れて行ってあげたい(だから日々精進する)」

とインタビューに答えていました。
穐吉さんは大変自尊感情が高い方でいらっしゃるのでしょう。自尊感情が高まるからこそ、継続した努力を続けられます。あるがままの自分を大切に思うからこそ、向上心が湧きあがってきます。

「私はダメだから、不足だから、努力しなくてはならない」だと、そのうち努力そのものが憎くなりかねません。
ジャズピアノならジャズピアノの世界が「何十年やっても道はまだ遠いなあ、奥が深いなあ」と感じることと、「自分はダメだ」と思うことはまた別なのです。

心理セラピーで主に行っているのはリフレーミング、見方を変えること

リフレーミングとは、「フレームを変える」と言う意味です。

同じ絵でも、フレーム、つまり額縁を変えると印象が変わります。美術館で展示されている泰西名画は、大抵かなり華やかな装飾を施された額縁に入っています。

同じ絵が、何の装飾もない、幅の細いメタルフレームに入っていたらどうでしょうか?中の絵は同じなのに、何だかありがたみが減るように感じるかもしれません。

「起きた出来事」はこの絵に該当し、「それをどのように受け取るか」は額縁、フレームに相当します。
セラピーで行っていることは、このフレームを変えることです。

起きた事実は変えようがありませんが、見方を変えることはできます。

私たちは未来に起きるかもしれない出来事を、変えて行くことはできますが、既に起こってしまったことはどうにもできません。
しかし私たちはこのことを本当によく忘れてしまいます。

そして「起きた出来事」、つまりフレームの中の絵を直接いじって変えようとします。「こんなの、おかしい!」「なんでああなの!こうしないの!」「あの人、どうにかしてよ!」

都合の悪いものを消そうとしたり、都合のよいものを付け加えようとしたり。それができないと「何で変わってくれないんだ!」と怒り、責める。そして自分で悩みを作りだしています。

あるがままに物事を見る力が弱いと

その絵に適したフレームを選び直すためには、中の絵をそのままに、あるがままに見られればこそです。
この中の絵には「自分自身」も含まれます。

中の絵の都合の悪いものを消さない、都合のよいものをわざわざ足さない、これは想像以上に勇気がいります。
そしてこの勇気は他人からはわかりません。

例えば「お正月食べすぎちゃったなあ、太ったかも」と思っても、「体重が増えた自分」から目をそらしたいと、つまり逃げたいと、中々体重計に乗れない、そんな経験をされた方も多いでしょう。

あるがままの自分を受け止めて行く、とはこの「太ったかもしれない自分」そして「それから逃げたい自分」がいるんだなあ、と受け止めて行くことです。「太ったかもしれない自分」「そこから逃げたい自分」をなかったことにしない、中の絵から消さないということです。

その自分を「情けない!」といじめること、もしくは「太ってなんかない!」とごまかすことは、フレームの中の絵から消そうとすることです。

自分を責めるとは、中の絵から都合の悪いものを消そうとすること。
反省は絵をそのままに見て、フレームを変えること。
両者は全く似て非なることです。

傲慢もそうですが自己卑下(折角他人が賞賛しても、自分から「そんなことありません!」と否定することも含みます。それは相手に「そう感じるな!」と強要することでもあり、実は非礼に当たります)も、この「あるがままの自分をそのまま見る」勇気が持てないから起きることです。

自分にダメ出しは実はナルシシズム・ほめられると否定する心理

セラピストという他人を使う意義

弊社のクライアント様の中には「セミナーや本では、中々変わりませんでした」とおっしゃる方がおられます。人は何か問題があると、まず本を読んだり、ネットで検索したり、セミナーを受講したりして知識でなんとかしよう、とすることがあります。

セミナー受講や読書は、知識や技術を得ることはできます。しかし、知識や技術の習得と、自分の課題の解決とは本来別物です。会社の集合研修でも、自分の日々の業務の課題に即していなければ、お勉強で終わってしまうのと一緒です。

またセミナーや研修を終日受けるのは、ある種の非日常の体験なので、「何かをやったような、人生が変わるような気分」になってしまいます。そうした高揚感に浸る演出が、特に心理系のセミナーでは施されています。「人生が変わるような気分」を味わったけれど、しばらくすると元の木阿弥になるのは、自分の課題の解決にはなっていないからです。

というのは、人は「問題がある」のはわかっても、「何が課題か」つまり「自分が何を取組めばいいか」は自分一人では中々わからないからです。問題と課題は異なります。車が動かないのはわかるけれど、何を修理すればいいのか自分ではわからないようなものです。

上述したとおり、あるがままの自分を見るのは、実は勇気が要ります。そして目には見えない心のことなので、自分ではよくわからない、また堂々巡りになるのもまた当然でしょう。強いストレスがかかって混乱していれば尚更です。

セラピストという他人を使うのは、心の中で起こっていることを、良い悪いの評価抜きに「こういうことが起こっているようですね」とフィードバックしてもらう、自分という絵をそのまま見るためです。そして取り組むべき課題を引き出すためです。

そしてセラピストは、クライアント様に勇気を差し上げることはできませんが、共に取り組むことで、徐々にクライアント様の中の勇気を醸成する、そのお手伝いをしています。

家族や友人など身近な人ほど、「良かれと思って」評価してしまいがちです(「それ違うやん!」「あの人だっていいところが・・」)。それは絵に何かを付け加えたり、消そうとしようとすることです。「良かれと思っての評価」をされると、良い気持ちにならないのは、自分という絵に他人が筆を加えようとしていると感じるからでしょう。

セラピストは、絵をいじるのではなく、フレームの提案をするのが役目です。これには鍛練が要ります。そしてそのフレームも、最終的に選ぶのはクライアント様です。

心理セラピーを受けると、「自分という絵はそのままでいい。その上でなおかつ、『生きやすくなる』」自尊感情が高まるのは、この作業を繰り返しているからなのです。

無料ステップメール「自分を大切にする7日間のレッスン」

自尊感情を高めるとは、自分を大切にすることと言い換えても良いでしょう。
「でも、具体的に何から始めたらいいの・・・?」の声にお応えして7日間のレッスンにまとめました。

《レッスンの一例》

● 体の声は心の声・体の状態に耳を傾ける
● 望まない人間関係に心の中で「No」を言う
● 「今・ここ」を生きるための自分への質問

Pradoの心理セラピー・セッションでお伝えしている内容を含んでいます。

どんな自分も否定せず、そのまま見て、耳を傾けることで「生きやすさ」は増していきます。
自分を大切にすることで、打たれ強く、柔軟で、ぶれない心を・・・!

 

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